現代語

三重秘伝抄　第一 　

正徳三年、私が四十九歳の秋、時々本堂にて開目抄を講義していたが、やがて「文底秘沈」の句にたどり着いた。その意義は甚深にして説明することが難しい。
　そこで、文を三段を分け、講義を十項目立てたのである。草案はすでにできあがり校訂に至っておらず、むなしく書庫中に置いて開くことがなかった。
　その後、享保十年、私が六十一歳の春、たまたまこれをひろげてみるに、疎略が多かったため添削を行った。敢えて未完成の本を残すことなかれ。
　しかし、この抄の中に多くの大事を示している。これは偏に令法久住の為である。末弟等深く私の真意を推察せよ。

三重秘伝抄
　　　　　　　　　日寛謹んで記す 　

開目抄上に「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底に秘し沈めたまえり、竜樹・天親は知って而も弘めたまわず、但我が天台智者のみ此れを懐けり」とある。
　質問して言うに「一念三千の法門は方便品には十如実相として説かれ、如来寿量品には三妙合論として明かされている。一念三千の法門は経文に明確に説かれているのに、大聖人はどうして文底秘沈と言われたのか。
　答えるに、このことは則ち富士門流の深秘の大事である。故に文は短いが義意は豊富である。もしこの文を明らかにすることは、釈尊一代の聖教を鏡に懸けて陰り無く、三時（正法・像法・末法）の弘経は明らかにみることができる。故に先哲は、このことを明確に説かなかった。況んや私のような頑愚な者には理解することはできない。
　しかし、今講義に当たり文を三段に分け、講義の内容に十を立てて、略して文の趣旨を示そう。
　文を三段を分かつとは即ち標・釈・結である。講義の内容に十を立てるとは、 第一に一念三千の法門は聞き難きを示す 第二に文相の大旨を示す 第三に一念三千の数量を示す 第四に一念に三千を具する相貎を示す 第五に権実相対して一念三千を明かすことを示す 第六に本迹相対して一念三千を明かすことを示す 第七に種脱相対して一念三千を明かすことを示す 第八に事理の一念三千を示す 第九に正像未弘の所以を示す 第十に末法流布の大白法なることを示す。
　第一に一念三千の法門は聞き難きを示す。
　妙法蓮華経方便品第二に説かれている。「諸仏は世に出現されることは稀であり、出会うことは難しい。また、世に出現されてもこの法を説くとは限らず、無量無数劫という長い間にこの法を聞くことは稀である。よくこの法を聴く者は、更に少ない。
　たとえば、優曇華は一切衆生が愛し楽しみ、天人でさえ値いがたいのである。
　この法を聞いて歓喜して一言でも讃めるならば、一切の三世の仏を供養する功徳に等しいのである。」
　まさに知るべきである。この中の法の字は一念三千の法門である。
　法華文句記の、巻四の末の終りにある。「懸遠等とは、もしこの劫という時間を用いるならば、住劫第九の減、人寿六万歳の時に拘留孫仏が出て、人寿四万歳の時に拘那含仏が出て、人寿二万歳の時に迦葉仏が出て」という文である。
　慈恩大師の瑜伽論劫章頌になぞらえるに「住劫第九の減、人寿六万歳の時に拘留孫仏が出て、人寿四万歳の時に拘那含仏が出て、人寿二万歳の時に迦葉仏が出て、人寿百歳の時に釈迦如来が出る」とある。
　これはすなわち人寿八万歳より一百年に人寿一歳を減じ、一千年に十歳を減じて、そして六万歳・四万歳・二万歳等に至るが、これが懸遠の意味するところで、仏が世に出現することがいかに稀なものであるか推察せよ。
　たとえ仏が世に出現するとも須扇多仏・多宝如来は遂に一念三千を説かず。大通仏も二万劫の間これを説かず。今 、釈尊も四十余年間秘して説かれなかった。この法が説かれることも稀なことである。
　このように仏が出現することが稀で法を聞くことも難しい。
　たとえ在世に生まれるとも舎衛の三億のように見たり聞いたりできないことがある。まして像法・末法時代の辺地ではなおされである。 　故に安楽行品に「無量の国中に於いて乃至名字をも聞くを得べからず」とある。これは聞法の難しさを説いているが、聞法すらなおそのとおりである。況んや信受はさらにむずかしい。 　まさに知るべきである。 よく聴くとはこれ信受のことである。もし信受しないのであればどうしてよく聞くというのか。
　故に優曇華に譬えるのである。この華は三千年に一度現われるのである。
　しかるに今宗祖大聖人は大慈悲をもって説かれた一念三千の法門を聞き、もしよく歓喜して讃むる言葉を一言でも発せば、すでに一切の三世の仏を供養することになるのである。
　 第二に文相の大旨を示すとは、
　開目抄の文を三段に分ける。初めに一念三千の法門とは標であり、次ぎに但法華経の下は釈であり、三に龍樹の下は結である。
　釈の文に三つ意味がある。初めには権実相対、所謂但法華経の四字であり、次ぎには本迹相対、所謂本門寿量品の五字であり、三には種脱相対、所謂文底秘沈の四字である。これは浅い法門から深い法門へ次第に移っていっている。たとえば高い所に登るには必ず低い所からはじめ、遠くに行くには必ず近い所から始めるようなものである。
　三に龍樹の下、結とはこれは正像未弘を示す。意味は末法流布を顕わす。また二つの意味があり、初めに正法未弘を挙げ、通じて三種の未弘を示す。次ぎに像法在懐を挙げ、別して第三の種脱相対を示すのである。
　応に知るべきである。但法華経の但の字は一字であるが、真意は三段に係るのである。
　それを示すと「一念三千の法門は一代諸経の中には但法華経、法華経の中には但本門寿量品、本門寿量品の中には但文底秘 沈なり云云」となる。したがって三種の相対は文にあって明らかである。
　問う。権実相対と本迹相対は、いつも聞いていることであるが、第三の種脱相対はあまり聞くとがない。その文証と道理は何か。
　答える。これはすなわち宗祖大聖人の出世の本懐である。ここで明きらかに理解できていれば諸文に迷うことはない。ゆえに少し一文を引用してその基本となる所を示そう。
　禀権出界抄（常忍抄）三十一にある。 「法華経と爾前経を比較して勝劣浅深を調べるに当分と跨節という三つの態様がある。日蓮の法門は第三の法門である。世間では夢をみるように権実相対と本迹相対を議論していて第三の種脱相対を言わない」
　今、気持ちを引き締めて言うに、
　一には爾前経は当分、法華経迹門は跨節である。これは権実相対のことであり、第一の法門という。
　二には法華経迹門は当分、法華経本門は跨節である。これは本迹相対のことであり、第二の法門という。
　三には脱益仏法は当分、下種仏法は跨節である。これは種脱相対のことであり、第三の法門という。これはすなわち宗祖大聖人の出世の本意である。故に日蓮大聖人の独自の法門という。
　今一念三千の法門は但文底秘沈という。意義はここにある。学者たちは深く思うべきである。
　問う。富士門流の諸師や他門の学者は、天台大師の第三の教相として明かされる「第三の法門・師弟の遠近不遠近の相」を第三の法門と名づけている。しかるに今日蓮は種脱相対を以って名づけて第三の法門とする。この事は前の時代に未だ聞かない。もし明文なければ誰か之れを信ずるだろうか。
　答える。もし第三の教相は、天台の法門であって日蓮の法門ではない。応に知るべきである。彼の天台の第一第二は通じて当流の第一に属し、彼の第三の教相は即ち当流 の第二に属するのである。故に彼の三種の教相を以ってもし当流にあてはめるならば二種の教相となるのである。妙楽大師が、「前の両意は迹門に約し、後の一意は本門に約すと」というのはこのことである。更に種脱相対の一種を加えて以って第三となすので、日蓮の法門というのである。
　今明文を引いて以ってこの意義を証明しよう。
　十法界抄の「四重興廃」、血脈抄の「四重浅深」「下種三種の教相」、観心本尊抄の「彼は脱、此れは種なり」等とあるのも、全て種脱相対・第三の法門であるが、富士門流の甚深の法門であるので、みだりに他言することなく秘すべきである。
　第三に一念三千の数量を示すとは、
　まさに三千の数量を知るには、よく十界・三世間・十如の相を理解するべきである。
　十界は地獄界から仏界までの通常説かれていることである。八大地獄にそれぞれ十六の別処があり、一百三十六界を地獄界という。餓鬼界は正法念経に三十六種を明かし、正理論に三類九種を明かしている。畜生界は魚に六千四百種、鳥に四千五百種、獣に二千四百種、合して一万三千三百種 あり、それらを畜生界と名づける。修羅界は身長八万四千由旬、四大海の水も膝に届かない。人界は則ち四大洲にあり、天界は則ち欲界の六天と色界の十八天と無色界の四天である。二乗は身子（舎利弗）・目連等のようなもので、菩薩は本化・迹化の菩薩をいう。仏界は釈迦・多宝のようなものである。
　 三世間とは五陰と衆生と国土である。
　五陰世間とは色・受・想・行・識であり、ここで陰とは正しく九界の衆生では、善法を覆い隠すので陰と名づけ、因に当たる。また、陰は積み重なるという意味もあり、生死を繰り返すので陰と名づけ、果に当たる。もし仏界に約せば常楽が重なり、慈悲で覆い隠されるのである。
　次ぎに 衆生世間とは十界通じて衆生と名づけられ、五陰が仮に和合するので衆生いうのである。仏界はこの中で尊極の衆生である。故に大智度論に「衆生の無上なるは 仏是れなり」とある。凡人であっても同じである。
　三に国土世間とは則ち十界の衆生の住処である。地獄は赤鉄、餓鬼は閻浮の下、五百由旬に住し、畜生は水陸空、修羅は海のほとりや底、人は大地、天は空殿、二乗は方便土、菩薩は実報土、仏は寂光土によって住しているのである。また、世間とは差別のことである。すなわち十種の五陰が同じでないことを五陰世間と名づけ、十種の衆生が同じでないことを衆生世間と名づ け、十種の衆生の住処が同じでないことを国土世間と名づけるのである。

　十如是とは相・性・体・力・作・因・縁・果・報等である。如是相とはたとえば臨終に黒色になるのは地獄の相、白色になるのは天上の相等のようなものである。如是性とは十界の善悪の性で、その内心に定まって後世まで改まらないのを性というのである。如是体とは十界の身体色質のことである。如是力とは十界それぞれが作すべき所の功能である。如是作とは三業を運動し善悪の所作を行ずるのである。善悪にわたって習因習果がある。先念は習因、後念は習果である。すなわち悪念は悪を起こし、善念は善を起こす。後に起こす所の善悪の念は前の善悪の念に由る。故に前念は習因即ち如是因である。後念は習果即ち如是果である。善悪の業体を潤す助縁はこれ如是縁ある。習因習果等の業因によって正しく善悪の報いを受くるのは如是報である。初めの相を本と為し、後の報を末と為し、この本末のその体が明らかにして中道実相なるのを本末究竟等というのである。
　正しく一念三千の数量を示すとは、応に知るべし、法華玄義・法華文句の中には一念三千の名目を明かしておらず、ただ百界千如のみを説いている。摩訶止観の第五巻に至って初めて一念三千を明かしている。この一念三千に二つの数え方がある。一には如是をまとめて数量を明かす。いわゆる百界、三百世間、三千如である。二には世間をまとめて数量を明かす。いわゆる百界、千如是、三千世間である。始めと終わりが異なっているが、同じく一念三千である。
第四に一念に三千を具する相貎を示すとは、
　問う。摩訶止観第五に説く。「此の三千、一念の心に在り」と。一念とは極めて小さいが、どうして三千をそなえることができるか。
　答える。およそ法華経の本意は具遍を明かした経典である。この具遍とは、法界の全体は衆生の一念に具わり、衆生の一念は法界に遍満するということである。
　たとえば一微塵に十方の微塵が具され、一滴の水は大海に遍くいきわたっているようなものである。
　華厳経に説かれている。「心は工みなる画師の種々の五陰を造るように、一切世間の中に法として造らないことは無し」
　問う。画師が描けるのは色法だけではないか。どうして、受・想・行・識の四心を画くことができるのか。
　答える。色心をともに画くので、「種々の五陰を造る」というのである。故に摩訶止観第五に「善画は像を写すのに真に迫り、骨格や精神が生きて躍動しているように見える」と説かれている。道教の神である鐘馗（しょうき）を見て喜んでいると誰が言おうか。七福神の一つである布袋を見て瞋れる誰が言おうか。故に巧みな画師はよく心法を画けること知るべきである。また摩訶止観に三喩（如意宝珠の譬え・三毒の譬え・荘周の夢の譬え）を明かされている。 　また、二寸三寸の鏡の中に十丈・百丈から山河に至るまで映すようなものである。石中の火や木中の華を誰が疑うであろうか。
　妙楽大師の止観輔行伝弘決の五の上に心論を引いて説明している。
　「慈童女長者は伴を随えて海に入って宝を採ろうと思って母の元から去ることを願った。母は、『私はただおまえしかいない。どうして私を捨てて去ろうとするのか』母は去ることを恐れて、童女の足をつかまえた。童女は母の髪を握り一束の髪を抜き母の元を去った。海にやって来たときに熱く焼けた鉄輪が空中から落ちようとするのを見て、誓いを起こして言った。『願わくば法界の苦が皆我が身に集まるように』と誓願したところ、ついに火輪が落ち、身を捨てた誓願によって天に生まれた。母の意に反して髪を抜いたことは地獄の心であり、人助けの願いを発すことは仏界に属する。」
　このように一念の心中に已に地獄と仏とを具えるのであり、餓鬼から菩薩の中間の互具については推し量るべきである。
　観心本尊抄に説かれている。 「よくよく人の顔を見るに、或る時は喜び、或る時は瞋り、或る時は平らかに、或る時は貪りが現われ、或る時は痴かが現われ、或る時は諂曲となっている。瞋るは地獄、貪るは餓鬼、痴かは畜生、諂曲は修羅、喜ぶは天、平かは人なり、世間の無常は眼前にある。人界にどうして二乗界がないことがあろうか。無顧の悪人であっても妻子を慈愛する。これは菩薩界の一分である。このように末代に凡夫が出生して法華経を信ずるのは人界に仏界を具するが故である。」ここで「法華経を信ずる」等の文を深くこれを思うべきである。
　妙楽大師の法華玄義釈籖に説かれている。「仏界という心強き境界を名づけて仏界といい、悪業が深重な境界を名づけて地獄という」これは法華経を信ずる心強きを名づけて仏界となし、法華経を謗ずる心強きを悪業深重といい地獄界と名づけるのである。このように、一念に三千を具することは明らかである。
　第五に権実相対して一念三千を明かすことを示すとは、
　次ぎの文（開目抄）に説かれている。 「これらの爾前経に二つの欠点がある。一には修行の位を追わなければ成仏ができず（行布）未だ権を開いていない。迹門の一念三千を隠している。二には始成正覚を説くゆえに未だ迹を開かず、本門の久遠元初を隠している。迹門の方便品には一念三千、二乗作仏を説いており爾前二種の欠点の一つを脱れている」
　これらの経々は四十余年の爾前経である。行布とは即ち差別の異名である。いわゆる昔の経々には十界の差別が存在するが未だ九界の権を開いていない。故に十界互具の義はない。故に迹門の一念三千の義を隠しているというのである。
　問う。迹門方便品には、一念三千を説いて爾前二種の欠点の一つを脱れたとしていながらどうして二乗作仏等というのか。
　 答える。一念三千はあらわされた法門（所詮）であって、二乗作仏はあらわす法門（能詮）である。今、能詮と所詮を並べて挙げるがゆえに一念三千、二乗作仏等というのである。もし二乗作仏が明かされなければ菩薩や凡夫の成仏はない。これは二乗を具している菩薩にとって、二乗が成仏しないのであればこの菩薩は成仏できないことになる。
　故に十法界抄に「菩薩にも二乗を具するが故に、二乗の沈空尽滅は則ち菩薩の沈空尽滅となる」と同じように説かれている。
　菩薩もそうであるので、凡夫もまた同様である。したがって、九界も同様に成仏しないのである。九界に成仏の教えがないので、一念三千は説かれることはなかった。もし、二乗作仏を説けば永く成仏が叶わない二乗が成仏する。そうであれば、菩薩や凡夫が成仏しないわけがない。九界は即ち仏界であり十界互具・一念三千の意義が明らかである。このことを「一念三千・二乗作仏」と説かれているのである。南宗の北峰宗印は「一念三千は不思議の妙境である。それは法華経の開三顕一の二乗作仏と十界互具がとかれているかれである。このため三千の法門は一念に速く救いをもたらして法華経だけが妙薬なのである」と説いた。
　問う。昔の経々の中に一念三千を明かしていないのであれば、天台大師はどうして華厳経の「心は諸々の如来を造る」を引いて一念三千を証明したのか。
　答える。華厳経に二乗作仏（記小）や釈尊の久遠実成（久成）が説かれず一念三千が明かされないのは当然である。天台大師が引用した本意は、中国宋代の僧の浄覚仁岳が『会入（法華経の実義の立場から、華厳経を活かして解釈すること）の後に従う』と述べているとおりである。
　また、古徳西明が『華厳は死の法門にして法華は活の法門である』と説いている。華厳経は死の法門であって当分は有名無実である。白楽天は友人の死を悼み『龍門原上の土に骨を埋むとも名を埋めじ』と、和泉式部は娘の死を悼み『諸共に苔の下には朽ちずして埋もれぬ名を聞くぞ悲しき』と詠じた。人が死ねば悲しみが残るだけだが、見方を変えれば、死んでも名が残るので、これを蘇生したとみることができる。故にこれを活の法門と言うのである。
　問う。中国華厳宗第四祖の澄観が華厳抄八十で、華厳経の中に記小（二乗作仏）久成実成を明かすとあるがどうか。
　答える。中国天台宗山外派の神智従義の補註三にこれを破折している。華厳経の会座に二乗が聴聞したり受持する姿はないし授記も説かれていない。法華以前であっても仏智に分け隔てがあろうはずはないが、華厳時にはいまだ二乗作仏などを説く時期にいたっておらず円教に別教をかねて説かれていることを澄観は知らないのである」これを見なさい。
　問う。真言宗のでは、大日経の中に一念三千を明かしている。大日経義釈の一に「世尊はすでに広く心の実相を説いている。法華経方便品の諸法実相と同じである」と主張している。
　答える。大日経の中に記小（二乗作仏）や久遠実成が明かされていないのに、どうして一念三千を明かすだろうか。大日経の心の実相とは小乗経の偏った実相である。どうして法華経の諸法実相と同じであろうか。妙楽大師の止観輔行伝弘決一下に「龍樹の十住毘婆沙論の中の所々に実相という語があり大乗と言っているが、権大乗や実大乗をさしている場合があるので、それぞれの意義をもって判断しなければならない。伝教大師の守護国界章にも「大日経の実相といっても偏った実相である。法華経の実相とは名同義異であると説かれている。
　日蓮大聖人は観心本尊抄に「爾前迹門の円教ですら仏因とならない。まして大日経等の諸小乗教等ではなおさらである。したがって、大日経の中の心の実相は小乗経に偏った実相であることを知るべきである。
　問う。真言宗は、大日経に二乗作仏、久遠実成を明かしていると主張する。弘法大師の雑問答に、大日経に登場する執金剛神に那羅延力・大那羅延力があり、執金剛神とは二乗作仏の意義があるのではないか。那羅延力は大勢力をもって衆生を救う。大那羅延力は真言宗独自の教義であり、一闡提人は死に至る病にかかり、二乗に定まった人はすでに死んだ人なので、他の教えで救うことはできない。ただこの秘密神通の力のみが救うことができる。
　善無畏の大日経義釈九に「『我一切本初』等というのは、大日如来が秘蔵の法を説くにあたって、自らの徳を賛嘆したのであり、本初というのは寿量の義すなわち久遠実成のことである。」
　答える。弘法があえて大日如来の守護神として列なった大那羅延力によって二乗作仏をいうのは、不都合な引証である。大日経の始めから終わりまで二乗作仏のことは説かれていない。もしあるというのならその劫国名号等を説明すべきである。まして法華経の中で明らかに説かれている二乗作仏をわざわざ隠しておいて、大日経以外では救われないというのは、むしろ大謗法ではないか。
　次ぎに大日経の『我一切本初』とは法身本有の理についていうのであって、どうして法華経の久遠実成に同じであろうか。証真（平安後期から鎌倉時代の天台宗僧侶）が述べている。「大日経の『我一切本初』とは本有の理に帰るということであり、本初というのである。」妙楽大師の止観輔行伝弘決の六末六に説いている。「ひろく法華経已前の諸経を調べると実に二乗作仏の文と如来が久遠実成を明かした経はない。」妙楽大師は唐の末天宝年中の人である。故に真言宗に関する教えを普く知り尽くしている。したがって、真言宗の中に記小久成はまったくないのである。どうして一念三千を明かすといえるであろうか。しかも真言宗の元祖善無畏は法華経の一念三千法門を盗み取って自分の家財としてしまったのである。その故に閻魔王の責めを受けたのである。
　日蓮大聖人の開目抄に「一代経々の中にはこの法華経だけが一念三千の珠を懐いている。他の経の理は、珠に似た黄い石である。砂を絞っても油はでない。石女に子ができないようなものである。諸経では智者であっても仏にならず。この法華経は愚人であっても仏因を種えることができるのである。」と説かれている。
　第六に本迹相対して一念三千を明かすことを示すとは、
　御書の中に二通りの文がある。一には迹門・本門ともに一念三千と名づけ、二には迹門は百界千如と名づけ、本門を一念三千と名ける。
　もとの意味をいえば開目抄の次下に「そうであるといえども未だ発迹顕本しないのであれば真の一念三千も顕われず、二乗作仏も定まらない。なお水中の月を見るようなものであり、根無草が波の上に浮いているようなものである。」と説かれている。
　文に法説の文と譬喩の文がある。法説の中の一念三千というのは所詮であり、二乗作仏は能詮である。譬えの中の水中の月は真の一念三千が顕われていない譬え、根無草は二乗作仏が定まっていないことを譬えている。法説・譬喩の四文並びに本無今有および有名無実の二失を挙げてこれを判別するのである。
　問う。迹門の一念三千はどうして「本無今有（ほんむこんぬ）」であるのか。
　答える。始成正覚を払っておらず発迹をしていないので「今有」である。そして未だ久遠実成を説く顕本をしていないので「本」が無いのである。化導される仏が本無今有という無常の存在であれば、教化を受ける衆生も同様である。故に十法界抄に「迹門では始覚正覚の十界互具を説き、未だ本覚である本有の十界互具を顕わしていない。故に化導を受ける大衆も化導を行う仏もすべて始成正覚である。もしそうであれば本無今有の失（とが）をどうして脱れることができようか 。
　問う。迹門の一念三千がどうして有名無実であるのか。
　答える。真の一念三千は顕われていないという。これは有名無実ということではないのか。故に十章抄に「一念三千の根拠は略開三顕一の十如実相であるけれども、本来の根拠は本門に限るのである。爾前は迹門の依義判文、迹門は本門の依義判文である。迹門はただ文のみあってその本義はない。これは有名無実ではないのか。妙楽大師は「外道・小乗・権大乗・法華経迹門を内道・大乗・実大乗・法華経本門からみると、これは有名無実である」と説かれている。
　次ぎに二乗作仏についても、「本無今有」「有名無実」の二つの失がある。
　問う。迹門の二乗作仏はどうして「本無今有」なのか。
　答える。成仏の種子を覚知することを仏と成ると名付けるのである。迹門では久遠下種が説かれていないため、二乗達は未だ根源の種子を覚知しておらず、故に「本無今有」の失があるのである。
　観心本尊抄八-二十に「久遠の過去に仏種を下した衆生に対して、大通智勝仏の第十六王子たる釈迦菩薩の法華経説法から、今日の釈尊における法華経以前の四十二年間の諸経典および法華経の迹門までの説法によって機根を調熟し、本門の一品二半に至って等覚･妙覚の極位に登らせ、脱益を与えた。」と説かれている。
　迹門においては未だ久遠下種を明かしておらず「本無」にではないか。そして二乗作仏ということは、むしろ「今有」ではないか。
　問う。観心本尊抄の文は、久遠下種の一類であるが、必ずしも二乗の人ではないか。
　答える。天台大師の三種教相の中の第二化導の始終不始終の相にのっとれば、三周（法説周・譬説周・因縁説周）の二乗たちが得道したのは、すべて大通智勝仏十六番目の王子のときに下種された人である。
　もし第三師弟の遠近不遠近の相が顕われたならば悉く久遠下種の人になるのである。
　二乗の中には大通仏が説いた法華経を再び説いたときに発心した者と発心しなかった者の二類があった。久遠（五百塵点劫）の下種を忘れなかった者は発心したが、久遠の下種を忘れた者は、妙法を聞いても発心しなかった。
　故に法華玄義の六の文に「本心を失わなかった者は薬を与えてもらい服して父と再開できた。反対に本心を失った者は良薬を与えてもらっても服さなかった」とあり、妙楽大師の法華玄義釈籖の六に「昔に受けたことを忘れるが故に本心を失うという」と説いている。
　二乗の発心の者にも二種類がある。それは、第一に不退の者でその後菩薩行に入った（第一類）、第二に退大で、菩薩行から退いて小乗に堕ちそれでもどうにか声聞の位に留まることができた（第二類）。また、大通覆講のときに未発心だった者は第三類である。法華経迹門において記別を与えられた二乗の多くは第二類の退大であり、少しは第三類がいた。しかし、久遠実成下種の者ではない。古来の学者たちはこのことがわかっていない。
　問う。引用したところの法華玄義や法華玄義釈籖の文は、迹門第九眷属妙中の文である。迹門について説かれた文を、どうして本門久遠下種を明かすことに使うのであろうか。
　答える。これは本文の意を取った解釈である。天台大師の法華文句に「未だ本門でなくても本意を取って説くのである」と説かれている。もしそうであればどうして迹門十妙の第一である境妙の中の「二諦（真諦・俗諦）」について、如来寿量品の「本行菩薩道」の時を使ってこれを解釈するであろうか。
　問う。迹門の二乗作仏をどうして「有名無実」というのか。
　答える。三惑（見思惑・塵沙惑・無明惑）を断じて成仏ができるのである。それなのに迹門において二乗は見思惑すら断じていないのに、どうして無明惑を断ずることができようか。
　法華文句の九－三十二に「今生に始めて無生法忍という悟りを得た菩薩もそうでない菩薩も、釈尊を始成正覚の仏と思っている」とあり、始成正覚に愛着を持っており、思惑である。本因本果を知らという邪見がり、見惑である。
　十法界抄に「迹門の二乗は未だ見思惑を断じておらず、迹門の菩薩は未だ無明を断じてなく、六道の凡夫は本有の六界に住さないので、有名無実ということがわかるのである。ゆえに涌出品に至って、爾前経や法華経迹門において無明惑を断じたとする菩薩に対して「五十小劫・半日のごとしといえり(地涌の菩薩が仏を讃嘆した五十小劫という長期間を半日のようであると思わせた)」と説くのである。
　これはすなわち寿量品の久遠実成の円仏の寿命は、長期間であるとか短期間であるとかではなく、長いも短いも自在であるという教えに迷っているからである」とある。
　このように迹門の二乗作仏には、「本無今有・有名無実」の二つの失があるので、「二乗作仏も定まらず」と説かれている。
　開目抄に「なお水中の月を見るようなものである」とあり、真の月ではないことをで真の一念三千が顕れていないことに譬えている。これは「本無今有・有名無実」の法体の二つの失を顕わしている。
　一には本無今有の失を顕わす。法華玄義の七に「天にある月がわからず、ただ池に映る月を観ている」説かれている。「池月を観る」とは「今有」である。二には有名無実の失を顕わす。慧心僧都の歌に「手に結ぶ水に宿れる月影の有るか無きかの世にも住むかな（手のひらに受けた水に月が映っている。しかし、水がこぼれてしまえば映った月もはかなく消えてしまう。自分の命も同じようなものである）」とある。
　また、開目抄に「根無草の波の上に浮かぶに似たり」とあり、二乗作仏が定まっていない譬えであり、根無草とは浮き草のことである。また、小野小町の歌に「わびぬれば身を萍（うきくさ）の根を絶えて誘う水あらば往なんとぞ思う」とある。
　法体の二つ失を顕わす。
　一には本無今有の失を顕わす。小野小町の歌に「まかなくになにをたねとて萍の波のうねうねおいしげるらん」とあり、上の句は「本無」、下の句は「今有」である。学者はこのことを知るべきである。
　二には有名無実の失を顕わす。資治通鑑に「浮とは物の水上に浮かぶように実につかにないのである」とある。草があっても実がない。これは「有名無実」のことである。このように開目抄の法説と譬喩とは、あたかも符節を合したように一致しているのである。
　問う。日講の「録内啓蒙」の第五－二十八に「開目抄に『未だ発迹顕本しなければ真の一念三千も顕れない』とあり、発迹顕本すれば迹は本になるのであるから、未発迹の未の字は本迹一致の証拠である」とあり、本迹一致を説くがどうか。
　答える。それでは無量義経の「未顕真実」の未の字は権実一致の証拠であるのか。それはすでに真実が顕われたならば、権（仮り）であっても実になるのか。
　日講は反論する。権実のことをここで言うのは偏った考えである。権実のことを一緒にするのであれば日蓮大聖人はどうして「予が読む所の迹」と名づけて方便品を読み、「予が誦む所の権」と名づけて阿弥陀経を読まないのか。 　これに対してにっこりと笑って言う。「この疑問は甚だ間違っている。というのは権実も本迹も、共に法体についての論義である。それに対して読誦は修行についての議論である。法体と修行は同じではない。日講は修行をもって法体と混乱している。これでは三時（正法・像法・末法）の弘経がわかろうはずがない。まさに明文を引いて邪な誤りを明らかにする。
　法華玄義の七－三十三に「問う、三世の諸仏が皆本地を顕わせば、最初の久遠実成で本地を顕わす必要があろうか。答える、必ずしも本地を顕わしていない。問う、もし仏に始成正覚・久遠実成があり、発迹・不発迹があるならば開三顕一や不開三顕一があるだろうか」とある。 　法華文句の九－十八に「本門久遠実成が明かされたならば、すべて久遠が開顕されるので、不軽菩薩についても始成正覚や始成正覚の姿で説いた迹門ということはない。一度迹門が説かれて会三帰一（開三顕一）すれば爾前経を再び会三帰一する必要がないのと同じである」とある。 法華経に久遠実成を説き終えて常不軽菩薩がどうして始成正覚といえようか。会三帰一（開三顕一）し終わって、さらに会三帰一することがあろうか。
　法華文句の六－二に「本門が説かれる以前に信解品を迹門であるとした説について、義理はそうであっても文字にあっては適切ではない。その時点では、仏は本迹を説いていないことかたちまちにわかるはずである。いまだに三乗を開く前に一仏乗を悟ったというようなものである」とある。

　法華文句記の九の本三十四に「本門が説かれたにもかかわらず、いまだ迹門の始成正覚と久遠実成に執着するのは、迹門で三乗を開いた後にも、いまだ権経にこだわっているようなものである」とある。
　治病大小権実違目に「法華経に二経ある。いわゆる迹門と本門である。本門と迹門の違いは水火や天地の違いである。たとえば爾前教と法華経との違いよりも大きい」と説かれている。天台・章安・妙楽・大聖人も同様に説かれており、本迹一致の主張がどれだけ誤っているか、よく知るべきである。日講どうか。
　また修行について一例を示すと、大聖人は末法における本門の導師である。故に正意は本門（寿量品）を、傍依には迹門（方便品）を誦まれたのである。天台大師は像法時代の迹門の導師である。故に正意には法華経を、傍依には爾前経を用いたのであり、阿弥陀経等を誦まれた。これは他の人師と異なり、口には権教を説くが内心は法華経の本意に異なっていない。自分が誦む所の権教と名づけて阿弥陀経を読んだのではないか。日講どうか。
　問う。録内啓蒙に「法華経迹門において二乗作仏が明かされた後に、多宝仏や分身の諸仏が出現して『皆是真実』と証明している。これは発迹顕本していなくても真の一念三千であり二乗作仏も決まっている。それなのに開目抄に『迹門に真の一念三千も顕われず二乗作仏も定まっていない』と説かれたのは、久遠実成によって始成正覚を破折したのである。このように久遠実成をもって始成正覚を破折された意味は天台大師の迹門を破折するためである。このことについてはどうか。
　日講よ、拙いことであると責めて言う。盗人にも目前の衣食を求めるためという理屈がある。どうして大聖人の明文を曲げてまで本迹一致を主張するのか。
　妙楽大師の法華玄義釈籤に「一般的に諸ろの法説は対象が同じではない。」と説かれている。
　大聖人は、法華取要抄に「何を対象として法門が説かれたのかによって、経々の勝劣を知るべきである」とある。多宝仏や分身の諸仏は、爾前経に説く方便を対象として『皆是真実』と証明したのである。
　開目抄に「真の一念三千も顕われず」と仰せは本門に対することである。故に未だ発迹顕本せずというのである。同じ迹門であっても対象に随って真実であったり虚であったりするのである。同じ開目抄の「一代五十年の説教は外典外道に対すれば大乗なり、大人の実語なり」をそのままとると一代聖教はすべて真実であることになる。日講どうか。

　また久遠実成をもって始成正覚を破折するのは、そこに勝劣があるからである。そうであれば真の一念三千でないことは汝も知っていることである。大聖人がどうして理由なく天台宗を破折するであろうか。
　開目抄の次に「本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる。四教の果をやぶれば四教の因がやぶれぬ。爾前迹門の十界の因果を打ち破って本門の十界の因果を説き顕す。これ即ち本因本果の法門である。九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて、真の十界互具・百界千如・一念三千になるのである」とある。
　始成正覚を破るとは如来寿量品の「我実に成仏してより已来このかた無量無辺である」の文である。この文によって爾前迹門の始成正覚を一言に大虚妄であると否定した。
　天台大師や大聖人が「四教の果を破れば四教の因を破る」と説いているとおりである。この中の「十界の因果」というのは十界各具の因果ではない。因とは九界、果とは仏界である故に「十界の因果」というのである。そして釈尊の因行を挙あげて九界全体を収めたのである。
　「本因本果の法門」に深秘の相伝がある。すなわち文上と文底の二通りの拝し方がある。ここでは文上に約してこの文を説明する。本因とは無始の九界である。経に「我本菩薩の道を行ぜし時、成ずる所の寿命は、今なお未だ尽きていない」とあり、天台大師は法華文句に「久遠の菩薩道によって不退の初住位に登った時に常住の寿命を得た」と説かれている。これは本因常住の文である。だから「無始の仏界」というのである。本因がなお常住であるのだから、本果が常住なのは当たり前である。経に「我、実に成仏してより已来、甚だ大いに久遠にして寿命は無量阿僧祇劫である。常住にして滅することはない」とある。これが本果常住であり、「無始の仏界」というのである。本有は常住であり、名も体もともに実である一念三千なのである。したがって、真の十界互具・百界千如・一念三千というのである。
　次に迹門百界千如の文とは、観心本尊抄八－十八に「迹門は始成正覚の仏、本無今有・百界千如を説き、本門は十界久遠の上に国土世間既すでに顕わる」と説かれている。
　 迹門は未だ国土世間が明かされていないので、百界千如までの意義に限られている。しかし、迹門方便品に一念三千を説くというのは、迹門に文があっても義は本門にあることから、あくまで本門からみて一念三千があるのであり、迹門は百界千如までである。観心本尊抄に「百界千如と一念三千の違いは何か。答えて言うに百界千如は有情界に限り、一念三千は有情・非情にわたるのである」と説かれている。
　第七に種脱相対して一念三千を明かすことを示すとは、
　ここで文底秘沈というのは、今まで論じた三千は脱益であって下種ではない。それは下種の三千は開目抄の御文の文底にあるためである。
　問う。いずれの経文の文底にありとするのか。
　答える。様々な経文の中に種々の義がある。
　ある人は「如来が如実に知見する」の文底にあるという。この文の「知見する」という文底に知見される実体を含んでいるからである。
　ある人は「是好良薬」の文底にあるとう。これは良薬の体が、妙法の一念三千なるからである。
　ある人は「如来秘密神通之力」の文底にあるという。これは文面に本地としての相即の法報応の三身を説くが、文底として法体の一念三千を含むためである。
　ある人は「寿量品」の題号が妙法であり、一念三千の珠を含んでいるためである。
　ある人は、如来寿量品全体の文を指し、発迹顕本の上に一念三千を顕わすためである。 　

　ある人は「然我実成佛已来」の文であるという。三大秘法抄や御義口伝に一念三千についてこの文を解釈しているためである。

　ある人は「我本行菩薩道」の文であるという。これは「位妙」であり「所成寿命」は智妙である。
　天台大師は、一句の文が三妙を明かすことを説き、妙楽大師は、一句の中には本因の四義を現すと説く。
　即ち智妙には必ず境妙があるためである。したがって、文面は智・行・位の三妙であるが、文底に境妙を秘沈している。境妙は即ち一念三千であると説く。
　以上の諸説はすべて文上のことである。不相伝の輩がどうして文底を知ることができるだろうか。文底を知らないで大聖人の門人ということはできない。
　問う。富士門流の文底の解釈はどうか。
　答える。これは最も重要なことであり、みだりに答えることはできない。
　重ねて問うが、それはどうしてか。
　答える。これを聞いてよく信ずるべきである。大聖人は、「本因初住の文底に久遠名字の妙法である事の一念三千を秘し沈ずめている」と仰せである。行者の位が上がることは、その前に行った修行によるのである」と仰せである。
　問う。種脱相対の一念三千とは何か
　答える。このことは大聖人の出世の本懐、当流深秘の相伝である。どうして安易に説明できようか。しかし、最近他門流において種脱相対について引用する者がいる。故にこれを秘しておくことは適切ではない。金輪聖王が出現するときに咲くといわれるの優曇華、西王母の園で三千年に一度実を結ぶ桃を思って信ずるべきである。本因妙抄に「問うていうに、寿量品の文底一大事という秘法は何か。答えていうに、ただ密の正法であり、秘すべきである。一代応仏の域を引かえたる方は理の上の法相なれば一部共に理の一念三千、迹の上の本門寿量であると心得さしむることを脱益の文の上であるという。文底とは久遠実成名字の妙法を余行に渡さず直達正観する事行の一念三千の南無妙法蓮華経はこれである」とある。
　問う。久遠名字の妙法の実体は何か。
　答える。当体義抄・総勘文抄等を開いてこのことを考えるべきである。ここではこれを秘す。
　第八に事理の一念三千を示すとは、
　問う。事の一念三千と理の一念三千の違いは何か。
　答える。迹門を理の一念三千という。これは諸法実相の理に要約して説かれている。本門を事の一念三千という。これは釈尊の身に沿った因果国に要約して説かれている。しかし、当富士門流では、迹門と本門の二門の一念三千を理の一念三千といい、文底独一本門を事の一念三千というのであり、これは当富士門流の秘事であり、口外してはならない。
　問う。迹門と本門の二門の一念三千を理の一念三千をどうして理の一念三千というのか。
　答える。これには二通りがある。一には「理の上の法相」、二には「迹の中の本迹」である故である。 本因妙抄に「一代で仏となられた釈尊は、理の上の法相であり、法華経一部は理の一念三千である」と説かれている。
　また、迹門を理の一念三千といい、脱益の法華経は本迹ともに迹である。本門を事の一念三千といい、末法下種の法華経は独一本門というのである。
　観心本尊抄に「一念三千殆ど竹膜を隔つ」と説かれている。
　文底独一本門事の一念三千からみると、迹門・本門・事・理と一念三千が異なっているけれども、すべて理の一念三千である。その違いは竹膜を隔てるくらいである。
　問う。文底独一本門を事の一念三千というのはどうしてか。
　答える。このことは秘密であるが、一言で示すと、いわゆる「人法体一」ということである。
　問う。証文は何か。
　答える。次の文証のとおりであり、信じなさい。
　御義口伝に「自受用身は即ち一念三千である」伝教大師が「一念三千は即ち自受用身である」と説き、相伝書には「明星が池を見るに日蓮が影であり、即ち今の大曼荼羅である」とある。観心本尊抄に「一念三千は即ち自受用身である」報恩抄に「自受用身は即ち一念三千である」と説かれている。
　問う。観心本尊抄と報恩抄の中にこの文が見つからないがどうか。
　答える。これは盲者の過ちであって日月のそれではない。 応に知るべきである。一代の諸経は「爾前・迹門・本門・文底」の四重である。この四重について三重の秘伝がある。それは、爾前は未だ一念三千を明かしておらず当分と名づける。迹門は、一念三千を明かすので、跨節と名づける。これは権実相対第一の法門である。迹門に一念三千を明かすといっても、いまだに発迹顕本していないので、真の一念三千ではない。したがって当分と名づける。正しく本門に真の十界互具、百界千如、一念三千を明かすので、跨節と名づける。これは本迹相対第二の法門である。脱益の本門文上に真の一念三千を明かすといっても、これは理の上の法相であり、迹の中の本であるが故に通じて理の一念三千に属しているので、当分と名づける。但文底下種、独一本門、事の一念三千のみをもって跨節と名づける。これは種脱相対第三の法門である。学者たちがこのことを理解すれば、釈尊一代の五十年の勝劣や大聖人の諸抄四十巻の元意が、手のひらに握った菓のように明らかになるのである。
　第九に正像未弘の所以を示すとは、
　開目抄に「龍樹・天親は知って而も弘めたまわず、但我が天台智者のみ之れを懐けり」とあるが、これを分けて二とする。 前半は権実・本迹・種脱の三種を通じての結であり、次ぎの「但」の下は別して第三種脱相対の結である。
　初めに通じて結するとは、龍樹・天親は内心では明らかに悟っているが、外には時が適っていないために説き表わさない故に正法千年の間には、権実・本迹・種脱の三種はこれを弘めなかった。 故に観心本尊抄に「問う、龍樹・天親はどうか。答える。これらの聖人は知っていたがこれを言わなかった。あるいは迹門の一分を宣べて本門と観心とを言わなかった」と説かれている。龍樹・天親は三種ともにこれを弘めなかった。故に言わずというのである。しかし、もし迹門においては一念三千を宣べていないといっても、その他の法門は宣べている。これを「一分を宣べ」るというのである。本門（当家第二の法門）と観心（当家第三の法門）は、全く宣べていないのである。本門というのは第二の法門であり、観心というのは第三の法門のことである。文底というのは、妙法を直ちに正観に達するためである。
　別して結すというのは、天台大師は第一と第二を宣べて第三の法門を宣べていないことから、これを懐くというのである。
　問う。天台大師は、迹門の導師である。故に但迹門の理の一念三千を宣べている。治病抄に「一念三千の観法に二つある。天台大師・伝教大師の時は理である。今の時は迹である。彼は迹門の一念三千、これは本門の一念三千であり、天地のように異なっている。彼は迹門、理の一念三千という。ただ第一を宣べて第二を宣べておらず、どうして第一や第二を宣べるというのか。
　答える。天台大師は第一・第二を宣べている。もし第二を宣べていないのであれば一念三千はその意義を尽くさないことになる。
　十章抄に「摩訶止観に十章ある。大意、釈名、体相、摂法、偏円、方便、正観、果報、起教、旨帰である。「前の六重は修多羅に依る」とあり、大意から方便までの六重は解了の部で、前四巻に限る。この解了、すなわち妙解は迹門の心を述べている。今、「妙解に依って以て正行を立つ」とある第七の正観章は、十境・十乗の観法の説明であり、本門の心を述べたものである。
　一念三千の法門はこの章から始まる。一念三千の法門は迹門にさえ許されていない。ましてや爾前の諸経には絶えてない法門である。一念三千の出処は略開三顕一の十如実相の文であるが、その義は本門に依っている。爾前の諸経は迹門の義に依って判ずべきであり、迹門の文は本門の義に依って判ずべきである。真実の依文判義はただ本門に限るのである」と説かれている。
　ただし、天台大師は像法迹門の導師である故に第一に迹門を面となし、第二に本門を裏としたのである。
　故に観心本尊抄に「像法の中末に観音・薬王は南岳・天台と示現し、迹門を以って面となし、本門を以って裏とする、百界千如、一念三千其の義を尽くしているが、ただ理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字七字並びに本門の本尊、未だ広くこれを行なわず」と説かれている。 治病抄に「今日迹門・本門は面裏が異っているけれども、通じて迹門の理の一念三千と名づける」と説かれている。 本因妙抄に「脱益の法華経は、本門・迹門はともに迹である」と説かれている。 観心本尊抄に「迹門を面とし本門を裏となして百界千如・一念三千の法門を説きその義を説きつくした。しかしこれは唯理性に具する一念三千を理論の上から説いたのみである」と説かれている。 このことは、天台大師・伝教大師の時は理であるとの文であることを思うべきである。 この迹門の一念三千というのは面と裏の関係で、迹門・本門ともに迹門の理の一念三千である。 このように天台大師は第一と第二を宣べ、未だ第三の種脱相対を弘めなかった。 観心本尊抄に「事行の南無妙法蓮華経の五字ならびに本門の本尊についてはいまだ広くこれを行ずることはなかった」とある。
　問う。天台大師が、第三を弘めなかった理由は何か。
　答える。太田抄（曽谷入道殿許御書）に「一には自身にその能力がなかったため、二には衆生にその機根がなかったため、三には仏から法を譲り与えられていないため、四には時が来ていなかったためである」説かれている。
　第十に末法流布の大白法を示すとは、
　問う。正法時代・像法時代に弘められていなかった本当の理由は何か。
　答える。それは末法に流布されるべきことを顕わすためである。前の正像未弘の四つの理由に対し、末法流布の四つの理由を明かす。
　第一に上行菩薩が自身能く堪うる力がある。 観心本尊抄に「観音菩薩・薬王菩薩等は爾前迹門の菩薩であって妙法を所持する人ではなく、末法の弘法ができない。本化の菩薩は既に妙法を所持するの人であって、末法の弘法ができるのである」説かれている。
　御義口伝上終に「この四菩薩は本法所持の人である。本法とは南無妙法蓮華経のことである」説かれている。 太田抄に「無数の地涌の菩薩が末法の衆生を利益することは、例せば魚が水に泳ぎ、鳥が虚空を自在に飛ぶようなものである」説かれている。
　第二に地涌の菩薩が説く衆生の機根が合っている。
　立正観抄に「天台大師が弘通した所化の機根は釈尊在世の帯権の円機のようなものであり、本化が弘通する所化の機根は法華本門の直機であることを知るべきである」説かれている。熟益や脱益を通らず直に下種の機縁となる。その故、直機というのである。法華文底の大法を授けらてれいるためである。
　第三に仏から妙法を譲り与えられている。 観心本尊抄に「いわゆる迹化であって他方の大菩薩等に釈尊の内証である寿量品を授与すべきではない。末法の初めは謗法の国であり悪機であるためこれを制止し、地涌千界の大菩薩を召し出して寿量品の肝心妙法蓮華経の五字をもって授与したのである」説かれている。 生死一大事血脈抄に「我が内証の寿量品とは文底本因妙の事である」説かれている。
　問う。仏が迹化他方を制止する証文はあるか。
　答える。従地涌出品の、「止善男子」の文がこれである。この文は他方の菩薩を制止するのに似ている。本意は迹化の菩薩を制止するのである。御書の中には種々の義があるが、之れを省略する。
　問う。仏が、迹化他方の菩薩を制止して本化の大菩薩を呼んだ理由は何か。
　答える。天台大師は、法華文句で他方の菩薩の弘通を制止する理由を三つあげ（前三）次に地涌の菩薩を呼び出す理由を三つあげている（後三）。合わせて六釈を作り、末法に譲っているが、未だ明了ではない。そこで他方本化の前三後三と、迹化本化の前三後三の十二の釈を作り明らかにする。
　問う。このような解釈は前代未聞である。明らかな証明がなければ誰が信じようか。
　 答える。それぞれに文証を明らかにしよう。私見は全くないのである。
　問う。他方本化の前三後三の文は何か。

　答える。 一には他方の菩薩は釈尊の直弟ではない。 嘉祥大師の義疏第十の巻に「他方の菩薩は釈迦に教化されたのではない。」とある。
　二には他方の菩薩が任かされている国が同じではない。 天台大師の法華文句の九に「他方の菩薩はそれぞれ自ら任務があり、もし娑婆世界に住したならば自らの力が出ない」とある。
　三には他方の菩薩は結縁が浅い。 天台大師は「他方の菩薩は娑婆世界に結縁が浅い。弘通をしようと考えるが、きっと大きな利益はないであろう」とある。
　一には本化の菩薩は釈尊の直弟である。 天台大師は「これ我が弟子である。まさに我が法を弘むべし」説かれている。
　二には本化の菩薩は常にこの土に住する。
　経に説かれ、太田抄に「地涌の菩薩は娑婆世界に住すること多塵劫という間である」とある。
　三には本化の菩薩は結縁の事が深い。 天台大師は「結縁が深く広いので、よくこ土に浸透して利益をなす」説かれている。
　他方の菩薩と本化の菩薩の前三後三を説明した。
　問う。迹化の菩薩と本化の菩薩の前三後三の文証はどうか。
　答える。
　一には迹化の菩薩は釈尊初発心の弟子ではない。 太田抄に「迹化の大衆は釈尊の初発心の弟子ではない」とある。
　 二には迹化の菩薩は功徳を積むことが浅い。 新池抄に「観音菩薩・薬王菩薩等は智慧が深く才覚がある人々だが、法華経を学ぶ日が浅く、末代の大難が忍びがたいことからこれを制止した」とある。
　三には迹化の菩薩は末法の利生が少ない。 初心成仏抄に「観音菩薩・薬王菩薩等は釈尊当時のように利益がない。それだから将来の祈りが叶わないのである」とある。

　一には本化の菩薩は釈尊初発心の弟子である。 観心本尊抄に「地涌の菩薩は釈尊初発心の弟子である」と説かれている。
　二には本化の菩薩は功徳を積むこと深い。 下山抄に「五百塵点劫の昔からひたすら本門寿量の肝心を修行して習われた上行菩薩である」とある。
　三には本化の菩薩は末法の利益がまさに盛んである。 初心成仏抄に「当時は法華経二十八品の肝心である南無妙法蓮華経の七字計りこの国に弘まって利益がある。上行菩薩の利益が盛んである時である」とある。 迹化の菩薩と本化の菩薩の前三後三の明文は次のとおりである。
　第四には時がすでに来ている。 経に「後の五百歳の中に広宣流布する」と説かれている。 撰時抄にも説かれ、当体義抄に「およそ妙法五字は末法流布の大白法である。地涌の菩薩の付嘱である。故に天台大師・伝教大師は心の内を鏡に映すように知っていたが、末法の導師にこれを譲って弘通されなかった」と説かれている。
以上
享保十乙巳三月上旬大石の大坊において、これを書く。
　　　六十一歳
　　　　日　寛（花押）