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日蓮正宗法華講 妙霑寺支部のサイトです。

TEL 086-255-1155

岡山県岡山市北区津高781番地 妙霑寺内

『73歳、更なる折伏育成に飛び回る』

法恵寺支部 M. K. 

(H10.11.16)

 私の入信は、昭和32年6月、創価学会を縁としてです。入信したその日から、主人のひどい反対を受けました。しかし「この御本尊様は本当に素晴らしい」という体験を何度も重ねるうち、反対されればされるほど信心に燃え、折伏に、会合にと家を空けては暴力をふるわれましたが、それでも学会活動に飛び回っておりました。

 52年路線のとき、聖教新聞のでたらめな宗門批判の記事に愕然とし、早速、法恵寺に参詣して、前御住職・秋山日浄御尊能化から3時間にわたって学会の間違いを伺いました。あれ程、池田と創価学会を信じきっていたのに、騙されていたことを知った私の驚きは大変なものでした。

 脱会してからは「恩知らず」「裏切り者」呼ばわりされながらも、真実に目覚めて晴れ晴れとした心で毎日活動していました。このとき脱会した人たちが集まって法恵寺支部が結成され、早いもので20年が経ちます。この20年間、ずっと支部の会計を務めさせていただいております。

 さて、平成6年4月、主人は理容業を止めて店を譲り安心したのも束の間、たったの1ヶ月で脳卒中で倒れて即入院、2週間も生死の間をさまよい、眠れない日が続きました。

 すぐに秋山堅栄御住職の御慈悲で御秘符を戴くことができ、また、子供たちと一緒に必死で唱題を続けた結果、5ヶ月で無事退院することができました。左半身不随になりましたが、入院中、病院のベッドの上で勤行を始めるようになりました。

 信心を嫌っていた主人が生死の境で御本尊様の功徳を感じ信心に目覚めたのは何よりの喜びです。そして主人は、支部の皆様の御協力を得て車イスで地涌六万大総会、支部総登山会にも参加させていただきました。今では、毎日朝の勤行を終えてからリハビリに通い、だいぶ歩けるようになりました。

 一安心していると、今度は私に心臓の欠陥があることが判りました。すぐに入院して心臓カテーテル検査を受けると、20分もしないうちに急に手がしびれ、吐き気がして息苦しくなり、意識までもうろうとして何も判らなくなりました。すぐに集中治療室に運ばれたそうです。そしてそばに付いていた娘は「今夜が山です。知らせる所があったら、今のうちに知らせてください」と言われたそうです。

 3日間生死の間をさまよった後に私の意識が戻った時は、お医者さんが「奇跡ですね」と言われました。気が付きますと、親族一同集まって、皆で御題目を唱えていてくれました。

「妙とは蘇生の義なり」(御書 360ページ) との御金言のように御本尊様の功徳により、不思議にも生き返ることができました。

 しかし、この検査の結果、大動脈も小さい血管も一杯詰まって、このまま置くと心臓が腐ると言われ、1ヶ月後、今度は熊本中央病院に入院し、7時間にわたる手術を受けました。胸の血管と足の血管を抜きとって心臓にはりつけるという大手術にもかかわらず、熱も出ずに順調に血が通うようになりました。

 御住職は熊本まで足を運んで激励してくださり、支部の皆様にも温かい言葉をかけていただき、同志の有り難さが身にしみました。少しずつ歩けるようになったときは、本当に夢を見ているようでした。

 集中治療室から6人部屋に移される頃には、すっかり元気になり、有り難くて御報恩のためにも一人でも多くの人に折伏しようと決意し、ベッドの上で御守御本尊様に唱題していると、どんどんやる気が燃えてきました。

 同室の方全員に私の体験を話しました。特にNさんは、なかなか熱が引かずに苦しんでおられるので、なんとか救ってあげたいと思い、真剣に唱題し御本尊様の御力の素晴らしさを訴えました。

 何回か話すうちに自然と心を開いて聞くようになられ、2人で屋上に上がって題目を唱えました。すると不思議にも熱が下がり、付けっぱなしだった点滴も外せて自由になれて、とても喜ばれました。「帰ったら、私も絶対に信心します」と、固く約束されました。あのときの喜びは忘れられません。

 そうしているうちに私もすっかり元気になり、40日足らずで退院でき、お寺の御本尊様の前に座ったときは、有り難さに涙があふれてしかたがありませんでした。

 現在私は、朝夕の勤行・唱題で「折伏のお手伝いをさせてください」という祈りを欠かさず、班長として毎日車を運転し、家庭訪問に折伏に、元気に動いております。

 その中で、Sさんご夫婦が、会社が倒産して大分から荒尾に引越して来られたことをお聞きしましたので、唱題会の後、婦人部長と2人で折伏に行きました。始めは他人事のように聞いておられたSさんも、2回、3回と行くうちに私たちの真心が通じたのか、だんだん耳を傾けられ、先に奥さんが納得されました。

 ご主人は「おまえが一人で信心するのなら、やってもいい」と言われましたが、奥さんは「主人と一緒でないとできません」と、強く言われます。なかなか真剣に聞こうとしないご主人を説得し、やっとの思いでお寺にお連れできたときの喜びは、言葉では言い表せませんでした。

 早速御住職にお話していただき、ご夫婦揃って御授戒を受けられ、無事御本尊様を御下付戴けました。

 また、3月の客殿新築慶祝記念大法要には、5時間唱題を続けて私が折伏した方を3人、初めての登山をさせることもでき、今までにない大歓喜の登山でした。

 9月9日には、かねてより折伏していた坂田さんが御本尊様を御下付戴き、竜の口法難会に一緒にお詣りできました。

 『新池御書』に、
「始めより終はりまで弥信心をいたすべし。さなくして後悔やあらんずらん。譬へば鎌倉より京へは十二日の道なり。それを十一日余り、歩(あゆ)みをはこびて、今一日に成りて歩みをさしをきては、何として都の月をば詠(なが)め候べき。何としても此の経の心をしれる僧に近づき、弥(いよいよ)法の道理を聴聞して信心の歩みを運ぶべし」(御書 1457ページ) とございます。

 この会場には、70歳以上の方も多数いらっしゃると思いますが、信心には年齢は関係ないと思います。現在、私も73歳になりました。

 これからは、秋山堅栄御住職の御指導どおり、「今までがんばってきたから、もうゆっくりさせてもらおう、などという甘えを打ち破り」一番大事な時に少しでもお役に立てる身の福運を有り難く思って、命の続く限り、自分でつかんだ唱題の無限の功徳を、一人でも多くの方に訴えていく覚悟です。

 御法主上人猊下に信伏随従し、秋山御住職のもと、黒田講頭を中心に、支部の母体である婦人部の一員として、来る法華講30万総登山に1400名の参加を目指して、精一杯がんばってまいることを皆様の前でお誓いし、発表を終わらせていただきます。

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