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日蓮正宗法華講 妙霑寺支部のサイトです。

TEL 086-255-1155

岡山県岡山市北区津高781番地 妙霑寺内

『皆が善い因を積めるように』

妙清寺支部 T. H.

(H10.7.1)

 第六回地方部総会おめでとうございます。

 私の入信は子供の頃で、「お前が小さい頃は病気ばっかりしていたので、いろんな宗教にすがってみたが、最後に巡り合えたのが御本尊様だよ」と、母がいつも言っていました。

 自分で手を合わせ始めたのは中学生の頃ですが、あるとき創価学会の文化会館の集まりで、池田大作(当時会長)の「毎日七時半の朝日を浴びて勤行する」という言葉を聞いて、そんな時間はもうみんな働いているのにと思い、一遍に信心する気をなくしてしまいました。

 それ以来、結婚してからも、御本尊様を仏壇にしまったままの状態で、勤行もする気になれませんでした。隣に住んでいる私の兄は地区部長で、毎日のように会合、会合と忙しくしていました。

 宗門への誹謗、学会問題が起きてから、私は絶対に創価学会がおかしいと思っていました。また兄もそう言っていましたが、なかなか兄夫婦は脱会の決心がつきませんでした。「お寺に早く行こう」と何度も急かして、平成5年3月にやっと、私たち夫婦・兄夫婦・近所のOさん一家と共に、三軒で合わせて12人で脱会し、法華講員となることができました。

 それからは、御報恩御講に、その他の寺院行事に、座談会にと、誘われるままに参加しました。そしてしばらくして班長の任命をお受けしてからは、勤行もまともにできなくては御本尊様に申し訳ないと反省し、欠かさず勤行するようになりました。

 しかし私には持病がありますので、なかなか思うように活動できませんでした。29歳のときに慢性腎炎という診断を受けたのです。腎臓の細胞が三割も壊れているとのことで、一年間の入院による療養生活を送りました。

 その後、20年余り、ほとんど毎月熱を出し、その度に人工透析の恐怖がちらついていました。

 平成6年7月の地涌六万大総会のときには、利尿剤を飲まないと排尿できない状態で、薬を飲むと五分おきにトイレに通うようになります。夜出発のバスでは薬を飲むわけにもいきませんでした。手足がむくみ、体はだるく、無事着山したものの、最悪の状態で何とか御開扉を受け、総会にもやっとの思いで参加しました。

 でも自分の心の中では、お山へ行ったんだから何とかなるという安易な気持ちがどこかにありました。そのためか帰ってからは医者通いの毎日で、とうとう仕事も休むようになりました。「ああ、いよいよ人工透析か」と、心の中は不安で一杯でした。

 病院に通い、薬を飲み、唱題と、一ヶ月が過ぎた頃、利尿剤を飲むのをうっかり忘れたのに気がつきましたが、体にむくみがでません。それから薬を飲むことがだんだんと減り、とうとう今では薬を飲まなくてもよくなりました。

 風邪をひいても熱は出なくて、しんどいなあと思ってるうちに治っているという、今までではあり得ない状態になりました。鼻水が出て、咳が出るという普通の風邪、それが今までの私にはなかったことなのです。皆さんには判らないと思いますが、普通の人と同じように風邪をひくとこが、自分にとっては本当に嬉しくて、凄いことでした。

  「此の曼陀羅能く能く信じさせ給うべし。南無妙法蓮華経は師子吼の如し。いかなる病さはりをなすべきや。鬼子母神、十羅刹女、法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり」(御書685ページ)
との、宗祖日蓮大聖人様の御金言は真実でございました。

 私は、「自分にはまだまだするべき役目がある。そのための御本尊様のお導きである」と、心の底から感謝申し上げ、元気にしていただいた体で、できることから一つひとつ御奉公していこうと誓った次第であります。

 平成8年の8月に、家内の親友を折伏しました。折伏を務めながら、御本尊様の御仏智だなあ、と思うことがいくつもありました。

 昨年3月には、会社の同僚であるH君の家族を入信させることができました。以前に彼の引っ越しを手伝ったとき、私が彼の家のお厨子を運んだのですが、折伏先を考えたときそのことを思い出しました。今日言おうか、明日言おうかと悩みました。本当に三障四魔の妨害だったと思います。気を取り直し、唱題を重ねて勇気をいただいてから、昼休みにパチンコに行った彼を追いかけて、遣わなくてもいいお金を遣ってパチンコに付き合い、思い切って話しをすることができました。

 彼の言うには、結婚前に奥さんが入信していた由です。それからはH君に毎日、日蓮正宗のこと、御本尊様のこと、創価学会との違い、御本尊様の功力で自分がこんなに元気になれたことなど話しました。

 水口町にあるH君の家に行って奥さんとも話しをしました。奥さんは初めのうち、「私は学会でもお寺でもどっちでもいい。勝手に喧嘩しているんやし」と言っていたのが、H君自身が信心に興味を持ちだし「あなたの話しはよく判る。道理が通っている」と言って、三人で時間の経つのも忘れて話し込みました。

 平成9年3月2日、H君夫妻はお寺へ来て、御住職のお話を聞き、夫妻、子供さんの一家三人で入講されました。それからは、御講には必ず一家で水口町から参詣されています。登山についても初めのうちは「仕事を休んでまでも行けんわ」と言っていましたが、「自分自身で行くと決めないと、絶対に行けないよ」と話してからは、積極的に夏期講習会登山に、支部総登山にも参加されるようになりました。

 彼の素晴らしさは、教学試験でも親子三人で受け、絶対に満点を取ると言って勉強会にもパーフェクトに参加し、仕事の合間にもテキストを離さず集中して勉強し、見事に合格したことであります。

 また、総本山への登山のときは、出発時間に間に合わせるため、早朝3時から勤行をして出かけられます。また、毎日の勤行は、会社の始業時間の7時に間に合わせるために4時起きを実行しておられます。

 彼ががんばれるのは三つの功徳があるからとのことで、まず一つは、今まで会話がなかった家族に共通の話題が生まれて一家団欒が戻ったこと。二つ目には他人への妬みがなくなったこと。そして三つ目には、家族揃って登山できる喜びだと言います。

 そして現在、何とか折伏をしてこの気持ちを表したいという彼の提案で、お寺での地区唱題会を行うこととなり、地区の折伏の気運を高めるのに一役買っています。正直で素直な信心とは、彼のような姿だと思う次第です。

 また創価学会の人で、寺院に塔婆供養に来られる方を、お寺の奥様のお勧めで折伏に行った例など様々ありますが、時間の都合で割愛させていただきます。

 平成8年10月から区割りが行われ、私は今、O地区という所の地区長としてがんばっています。以前から、常にみなさんに言っていることですが、家庭訪問をしても、初めはドアの隙間から顔を覗かす程度からスタートし、だんだんにドアを開けて普通に話してもらえるようになります。

 やっと御講に参詣されるようになるまで、三年半かかった例もあります。ですから、「あの人はだめだ、この人は何べん言っても来てくれへん」という話しをよく聞きますが、「今度会ったら行こう」と思っているかも知れない。百回行ってあきらめずに、百一回顔を合わせてお話をする重要性を常に話しています。

 今年一月の初登山会での連合会総会の砌に、御法主上人猊下は、「一番大事なことは、家庭訪問ですよ」(趣意)と仰せられました。

 その御言葉をうかがって、私は涙がこぼれそうになりました。今まで自分が言ってきたことが間違いなかったのです。感動の極みでした。これからも「不断」の決意をもって家庭訪問を続けてまいります。

 創価学会は「ニセ本尊」でも拝めば功徳があると、相伝仏法を否定し、仏法を惑乱しています。しかし、御住職は常々、「三大秘宝の大御本尊様のもとで勤行・唱題できるということが、既に功徳を積ませていただいている」と言われます。また、「善の因を積まないで善の果報があるはずはない」とも教わっております。このことを創価学会の人たちに地道に伝えていきたいと思います。

 以上をもちまして、私の体験発表を終わります。ご静聴ありがとうございました。

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