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日蓮正宗法華講 妙霑寺支部のサイトです。

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岡山県岡山市北区津高781番地 妙霑寺内

老人の智慧

その昔、釈尊は舎衛国の祇園精舎におられた。
老人という老人をすべて遠くへ捨ててしまう恐ろしい風習がある国に一人の大臣がいた。
その大臣の年老いた父も国法によって当然捨てらるべき運命にあったが、孝養心が深かった大臣は到底父を捨てるに忍びず、庭内のある場所を掘り下げて密室を作り、父をその中に住まわせて世間的には捨ててしまったことにし、その実は父親への孝養を怠らなかった。
ある時天神が二匹の蛇を国王の前に放って王に聞いた。
「もし、この蛇が雄か雌かを見分けることができないならば、お前の地位も国家の運命も、七日の内にすべてひっくり返り滅びるであろう」
突然降ってわいたようなこの難題に、国王は大いに驚きかつ頭を悩ませた。そして七日の内に返事をしないと国家が滅びるとあって、直ちに大臣達を召集して、このことを論議した。
しかし、みな経験がないので、雄か雌かを見分ける方法を知らなかった。
そこで国王は国中に布令を出して、
「蛇の雌雄を見分ける者があるならば多額の褒美をとらす」と告げたのだった。
かの大臣も屋敷に帰り、早速密室に住まわせている父に聞いてみた。
すると父は即座に次のように教えた。
「それはたやすいことだ。やわらかい敷き物の上に蛇を置いてみるがよい。その上で騒ぎ乱れた方が雄で、動かない方は雌である」
大臣はすぐさま父の言葉のように試してみると、たちまちに雄か雌かを見分けることできた。
このため王は大いに喜び、約束どおり大臣に多くの恩賞を与えた。
そのため、大臣の家門の誉れはますます高くなった。
そして、王と国家の運命も安泰を得たのだった。
また、しばらくして天神は、また王にこう尋ねた。
「ねむれる者を名づけて覚めたる者となし、覚めたる者を名づけてねむれる者となすとはどういうことか」
王はまた大臣達と協議したが、大臣は誰れも答えることはできなかった。
そこで王は前のとおり国内に布告して、その答えをもとめたが、誰人も答えられる者はいなかった。
かの大臣は屋敷に帰って再び父に尋ねた。
するとその父は、きわめて簡単にこう答えた。
「諸々の凡夫を名づけて覚めたる者となし、諸々の羅漢を名づけてねむれる者となす」
第二問の正解を得た天神は、さらに第三問として王に次のように言った。
「この大白象は何キロあるか」
王はまた例によって大臣達と協議したけれど、知り得る者はなく国内にまたしても布告して一般からの答えを待った。
しかし、これも満足な解答が得られなかった。
そこで彼の大臣はさらに父に問うた。
今度もまた父の答えはすこぶる簡明なものだった。
「象を船に載せて池の中に置け。そして水没の度をはかれ、その次に象の代わりにあらかじめ重さ計った石を入れて、水没の度合いを象のときと等しくせよ」
天神はこの答えを得て満足した。
だが天神はさらに四度目の質問を王にして来た。
「一すくいの水は大海のそれよりも多い。だれかその理由を知る者があるか」
例によって王は大臣達と協議したけれども、わからなかった。
そこで、また国内に「おふれ」を出した。
しかし、これを知る者はなく、例の大臣が四度父に聞いた。
父の答えは今度も明解だった。
「もし人ありて清浄の信念を有し、一すくいの水をもって仏や僧に供養し、または父母あるいは苦しみ悩む病人に施すならば、この功徳によって数千万年の間、福を受くることはきわまりない。海水は多いといっても限りがある。一すくいの水は大海の水よりも多きこと百千万倍である」
天神はまたまた満足の笑みをもらした。
その次に天神は餓えた人間と化し、骸骨のような体を現わして、王にたずねた。
「世の中に、飢えに悩みやせほそる苦しみが、自分よりひどいものはあるであろうか」
この質問もまた王臣は思案にあまって、答えられなかった。
しかし年老いた父に聞いたこの大臣だけは次のように答えた。
「もし人あって、もの惜しみし、嫉妬して三宝を信ぜず、父母師匠を供養することがない者は、来世には百千万年の間餓鬼界に落ちて水や穀物の名すら聞くことができない。身体は山のように腹は谷のように大きいけれども、咽の細きことは針や錐のようで、体を動かすと関節や手足から火が燃え上がる。このような人の苦痛は、あなたのそれよりも百千万倍である」
天神はこの答えに満足し、さらに一人の人間に変じて手足をしばり、頭にはくさりをつけ身体より火を出し、全身焼けただれた姿を現わして、また王に聞いた。
「世の中に、私以上に苦しみ悩む者があるか」
王や大臣の問にまた答える者はなかったが、しかし老父を養っている大臣は、次のように答えることができた。
「もし人あって父母に孝養をつくさず、師匠に反逆し、主人にそむき、仏法僧の三宝を誹謗するならば、来世には地獄に落ち、刀の山や、剣の樹、火の車などの多くの苦しみに数えきれないほどあわなければならない。その人の苦しみの度合いは、あなたのそれに百千万倍であろう」
天神はこの答えに満足した。
今度は転じて世にもまれなる華麗な美人と化け、また王にたずねた。
「世の中に私よりも美しい美人があるか」
王臣は、ただ顔を見合わすだけで答え得る者がなかった。
そこでその大臣は次のような答えを示しました。
「もし人あって三宝を信じ敬い、父母に心からつかえ、布施、持戒、忍辱、精進を行なうならば、天上界に生まれることができる。天上の果報は正しく整っていて特別なものがある。それは、あなたの身にまさること百千万倍である」
天神はこの答えに満足した。
今度は一片の正方形の梅檀の木を取り出して、さらに王に問うた。
「この木の元と末はどちらか」
王臣の智力では、またも答えられなかった。
しかしその大臣は、父に聞いて答えた。
「きわめて容易なことである。水の中にその木を入れて見よ。木の元は必ず沈み末の方は必ず浮かぶであろう」
次に天神は形も色も異なる二頭の馬の母子を見分ける方法はあるかと問うた。
王や大臣のうちには、もとより答え得る者がなく、その大臣が答えた。
「草を与えて試みよ。母馬は必ず草を子の馬に与えるであろう」
こうして天神の王にたいする質問は王の口を通じてすべて満足に答えられた。
天神は大いに喜び、王にたいして珍しい財宝を贈り、また、王の国土を擁護して外敵から守り侵害せしめないよう誓った。
王は天神の言葉を聞き、大いに喜び、そして彼の大臣を誉めた。
「すべての答えはお前自ら考えたものか。それとも誰かがお前に教えたのか。いずれにしても、お前の才智によって国土は安泰を得たのみならず、あまた多くの珍しい財宝を手に入れることができた上に国土の擁護の誓いを得た。これみなお前の力である」
大臣は王の言葉に恐縮し、そしてこう言った。
「王よ、いままで私が申しあげましたことは、臣たる私の智慧ではありませぬ。しかしながら、大王がお慈悲をくださるならばあえて申しあげましょう」
「たとえお前に万死の罪があっても、なお不問に付するであろう。いわんやその他の罪過などはもとより問うところではない」
「それでは申しあげます。国に制令があって、老人を養うことを許しませぬ。私には老父がありますが、捨ててかえりみないということは忍びがたいことでございました。そこで、悪いこととは知りつつ国法を犯して地下に部屋を作つて父を住まわしております。私の応答はことごとくみな父の智慧であって私の力ではございません。願わくは国内において老人を養うことをお許しくださいますように」
むろん、王はこの大臣の父によって、国の安泰を得たのであるからこの願いを許した。
そして、大臣の父は王の師と仰がれ、それ以後国家人民にあたえた功績ははかり知ることのできないほどだった。
(雑宝蔵経第一 第四棄老國縁)

【解説】
雑宝蔵経は、大正新脩大藏經で本縁部に属している。釈尊とその弟子たちの時代に始まり西暦2世紀のカニシカ王に終る頃までの、さまざまな物語が全部で121話含まれている経典である。中国北魏の僧である吉迦夜(きっかや)と曇曜(どんよう)の共訳である。


 
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