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日蓮正宗法華講 妙霑寺支部のサイトです。

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日蓮大聖人の教義

日蓮大聖人の御一代の教は種々に御説き遊ばされてをりますが、その究寛するところは三大秘法を御立てなされて衆生を成仏せしめらるるにあるのであります。乃ち第一に本門の本尊と申して南無妙法蓮華経の大曼茶羅と、第二にに本門の戒壇と申して大曼茱維を受持すること、第三には南無妙法蓮華経と唱へることであります。この三大秘法を御立てなさる因縁理由と、そうして此の三大秘法とは、如何なる御法であるかといふことを御説きたさるのが大聖人の教義であります。此事は御一代の御書の中に常に仰せられて明かなところであります。即ち三大秘法抄、報恩抄、法華取要抄、法華行者値難事、御義口伝等その他の御書に仰せられてあります。

今その中の一文を挙げますると報恩抄に次の如く仰せられてあります。

問ふて云く天台伝教の弘通し給はさる正法ありや答へて云はくあり、求めて云はく何物ぞや。答へて云く三つあり。末法のために仏留め置き給ふ。迦葉阿難等、馬鳴竜樹等、天台伝教等の弘通せさせ給はさる正法なり。求めて云く其の形貌如何。答へて云はく、一には日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂、宝塔の内の釈迦多宝そのほかの諸仏並に上行等の四菩薩脇士となるべし。二には本門の戒壇。三には日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事を捨てて南無妙法蓮華経と唱ふべし。此の事未だ弘まらず、一閻浮提の内に仏滅後二千二百二十五年が間一人も唱へず。日蓮一人南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経等と声も惜まず唱ふるなり。

此の御文によって明らかな通り三大秘法とは第一には本門の本尊、第二には本門の戒壇、第三には本門の題目とであります。

此の秘法と申しますのは秘密の法ということで、秘とは秘密乃ち仏の御境界の重々深密なるを申すのであります。法華経の寿量品に如来秘密神通之力と申す御文がありますが、「文句」にその秘密を解釈して「一身即三身を秘となし、三身即一身を密となす」と仰せられてをりますが、此れは仏の法報応の三身が常に此の世にお住まひ遊ばされて衆生を導いてをられることを説き明かされたのでありまして、仏の御振舞の実に深秘なるを示されたのであります。また「釈」によりますと「昔説かなかったのを秘といひ、唯仏のみ自ら知り玉ふところを密となす」と申して、法華経以前の諸経には仏の三身が常住なさることは説かせられなかったので、その辺を秘と申し、また仏の御境界は凡夫には明らかに拝しかねるところで仏のみが知り玉ふ故に密と仰せられるのであります。

法華経の方便品には「唯仏と仏とのみ究尽し玉ふ」とも仰せられてあります。次に秘とは秘要の義でありまして、要は「カナメ」の意、乃ち仏法の肝心かなめといふことであります。仏法の経典や教説は実に夥しい数がありますが、此れを要約致しますと戒定慧の三学に帰するのであります。戒とは持戒、悪を止めて善を行ふこと、定は禅定―静慮といって身心を仏の法に定住せしめて思索すること、慧とは智慧で仏の法を体達して煩悩を断破することで、即ち仏法と、之れを持つことと、実践修行することであます。仏法は広いといってもこの三つの教法に帰するのであります。

如何なる宗に於てもこの三つに所依の経教を括って宗旨を立ててをりますが、日蓮大聖人の三学は他の宗と殊なり、仏の深密の御境界を仕立たのでありますから秘要と申すのであります。

此れ等のことは大聖人が三大秘法抄の劈頭にその依文を御引用なされて明示なされてをります。

夫れ法華経の第七神力品に云く要を以て之れを言はば如来一切の所有の法。如来一切の自在の神力如来一切の秘要の蔵、如来一切の甚深の事、皆此経に於て宣示顕説す等云云。釈に云く経中の要説要は四事にあり等云云。問ふ所説の要言の法とは何物ぞ耶。答へて云く、去れ釈尊初成道の初めより四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて略開近顕遠を説せ給ひし涌出品まで秘せさせ給ひし実相証得の当初修行し給ひし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字也。教主釈尊此の秘法をば三世に隠れなく普賢文殊等にも譲り給ばず況や其以下をや。

此の御文をよくよく拝しますると秘法と仰せられる御恩召を拝察できるのであります。

次に大と仰せられるは最大といふ義でありまして撰時抄に

仏の滅後に迦葉阿難馬鳴竜樹無著天親乃至天台伝教のいまだ弘通しましまさぬ最大深密の正法、経文の面に現前なり。

と仰せられてをります。今此の大の義を詮索しますれば重大とか至極とか勝妙とかの義があるのであります。

要するに此等の三つの秘法は仏法の中に於て絶対に最も重大なるものであるから大と仰せられるのであります。

扨て此の三大秘法は日蓮大聖人が末法の始めに初めて建立さるるところでありまして、そのことについては前に掲げた報恩抄に天台伝教等の弘め玉はざる正法であると仰せられてありますが、此のことは御書の中にいたるところで御迹べなされてをるのであります。尚その天台伝教等も弘めさせられなかりた理由を縦横に御教示遊ばされてをるのであります。まったく未曽有の正法であるのであります。

此の事に就きましては世上に於て日大聖人の御法は天台から出ていると考へられてをりますが、けっしてそうではないのであります。門外の人はともかく、日蓮大聖人の門流と自称する身延派やその他の宗々の人々がさように考へてをるのでありまして、大聖人の教は天台から出をって一歩それより進んだもの位に考へてをりますが、まったく大聖人の御真意を尽さざるも甚だしいと申さねばなりません。勿論大聖人も一往竜樹天台伝教等をお挙げなされて師資相承の次第を立てておられますが、それは形の上の事で再往御内証は釈尊上行日蓮と仰せられ、尚又一重立入りますと此れも法華経の文の上のことで、久遠の御本仏の御境涯から此の三大秘法を建立遊ばされたのであります。

法華宗内証仏法血脈に

今当家の相承の大旨、天台の相承に附順すべしと雖も、内証真実を以て釈尊上行菩薩を高祖となし奉る耳。

と仰せられ更に百六箇抄に

我が内証の寿量品とは脱益寿量の文底本因妙の事なり其の教主は某なり。

とも御義口伝には

寿重品の事の三大秘法是なり乃至本尊とは法華経の行者の一身の当体なり

とも仰せれて、此れ全く大聖人の御境涯なることをお明かしなされております。

由来各門下に於ては大聖人は法華経を弘めらるのを目的となされたと解釈致すことから誤り堕するのであります。法華経といへば天台に究まるのであります。従って釈尊と法華経とは天台によって充分に事が顕はれたのでありまして少し残るところがないのであります。日蓮大聖人はけっしてその分域についてとかく申されるのではありません。

元来法華経には二義がありまして、一義は釈尊が縁を結んで化導なされた衆生に対すると、一義は入滅後の末法の衆生、此の衆生は釈尊には結縁してをらない荒凡夫であります。此の二種類の衆生に対し、前者の為には法華経を説いて成仏を得せしめ、後者のためには、末法には仏が出て三大秘法を建立して化導し衆生はそれを信じて仏になるとのことを予証したのであります。此の筋目を明確に立てないと御法門が混乱して了ふのであります。

法華取要抄に

問ふて曰く、法華経は誰人の為に之れを説くや、答へて曰く、方便品より人記品に至る八品に二意あり、上より下に向って次第に之れを読めば第一は菩薩、第二は二乗、第三は凡夫なり、安楽行より勧持提婆宝塔法師と逆次に之れを読めば滅後の衆生を以て本となす、在世の衆生は傍なり滅後を以て之れを論ずれば正法一千年像法一千年は傍なり、末法を以て正と為す、末法の中には日蓮を以て正となす也。

と仰せられてありますが、此れは法華経の二義を立て分けて御教示なされたのでありまして、此れを以て拝すると大聖人の三大秘法を釈尊が予証したのが法華経であります。(この事は下に至って迹べることに致します)

それ故大聖人が法華経の事を申されましたのは此の三大秘法の御境界に立って此れを明かし玉ふに、浅さより深さに至って開明する為であります。此の場合天台の釈を用ひ給ひ、或は全く別に法華経を解釈会通なされたり遊ばされたのであります。

之れを逆にいへば、天台伝教の大師方も末法の三大秘法のことは知ってをられたのでありますが、己が任でなく時も機もないので手をつけさせられなかったのであります。しかし心には思ひ浮べてをられたのであります。大聖人は撰時抄に天台大師の「後の五百歳遠く妙道に霑はん」等の御言葉を挙げて次の如く仰せられてをります。

其の中間に法華経の流布の時二度あるべし、所謂在世の八年減後にほ末法の始め五百年なり。而に天台妙楽伝教等は進んでは在世法華経の時にももれさせ給ひぬ、退いては滅後末法の時にも生れさせ給ばず、中間なる事をなげかせ給ひて末法の始めをこひさせ給ふ御筆なり。

まことに仏の御境地にあられる方々は己が化導の任と地位とを知り給ふのであります。その間に於て少しの手落ちもなく又立入るこどもないのであります。

法華経を拝しますと前半の迹門に於て釈尊は一切の列座の人々を成仏得脱せしめられたが、そのあと妙法蓮華経の流通を勧奨されましたが、此れ等の人々は実には末法の弘法に堪へないので大地の下より上行、安立行、浄行、無辺行等の大菩薩を呼出されて、そこで寿量品を説いてやがて神力嘱累等の品に至っては、此れを付嘱して流通せしめらる旨をお説きなされてをります。此の辺から拝しますと、釈尊の説かれた法華経を上行菩薩が末法に弘めらるるが如くでありますが、これは一往の義であります。上行菩薩が大地の下より出現なされたのは釈尊の久遠の成道を説明なさる為であります。釈尊が寿量品に久遠を御説きなさるのに、先づその事実の証明として出現なされたのであります。経文によりますと、この上行菩薩は釈尊が久遠の往昔成道して第一番に弟子となし玉ふとお説きなされてをります、が、実には此れ久遠の仏であるのであります。即ち久遠の仏が菩薩として出現し釈尊の教化を助けられたのであります。何故菩薩として出現し玉ひしかと申せば、一仏の化導に対し陀仏の並び立つことは混乱を起すところとなるからであります。心を決めて経論釈を拝しますると、天台妙楽等も既に此れを説いてをられるのであります。即ち一文を引きますると天台大師は法華文句に「三世の化導恵利かぎりなし。一月万影孰れか思量せん」と申され、妙楽大師は「月の警へを挙ぐる事は一月は本なり万影は迹なり乃至諸の菩薩の実本測り難く冥顕の如来の量るべからざるを明す」と此れに釈をしてをられるのであります。以て上行菩薩の真実の本地を拝すべきであります。世上目蓮門下と称する者が此のところに迷ひ、上行菩薩は菩薩であって釈尊は仏であるからといってあくまで釈尊に執するのは此の辺に暗いから起る偏見といはなくてはなりません。尚此のことは

寿量品の経文の意を了解し奉ることによって判然とするのであります。寿量品の文に於ては、その説き玉ふところは天台大師の釈によりますと、通じては三身を明かし別しては正しくは報身を説くにあらせられるのであります。即ち久遠の法報応の三身を説き明かすを目的とし玉ふも主としては釈尊の報身を開顕するにあると申されてをります。そこで普通一般に釈尊の久遠の報身の上に三身が具はることを明かし一切の諸仏の化用を統摂し玉ふと拝するのであります。

しかし寿量品の文を末法の衆生から拝しますと、その壁頭の如来秘密神通之力を仰せられたのに重点がありまして、その以下釈尊御自身の開顕は後になるのであります。それ故日蓮大聖人は御義口伝の中に寿量品の廿七箇の大事を挙げ玉ひその第一に次の如く仰せられてをります。

第一南無妙法蓮華経如来寿量品第十六の事文句の九に云く、如来とは十方三世の諸仏二仏三仏本仏迹仏の通号なり、別しては本地三仏の別号なり寿量とは十方三世二仏三仏の諸仏の功徳を詮量す故に寿量品と云ふと御義口伝に云く、此の品の題目は日蓮が身に当る大事なり、神力品の付嘱是れなり。如来とは釈尊。惣じては十方三世の諸仏なり。別しては本地無作の三身なり。

此の御言葉によって明らかな如く寿量品の御主意は南無妙法蓮華経久遠元初の自受用無作の三身をお説きになるのにあります。乃ち寿量品は無作の三身を明かさんがために釈尊の報身に於て開顕し玉ふたものと拝すべきであります。一には諸仏を釈尊の己身に統し玉ふたのでありまずが、此れは唯釈尊の尊高を示さるるためではなく舎利弗等をして成仏せしめるためであります。舎利弗等は此の無作の三身を拝聴して亦各自が仏になることを得たのであります。此れが寿量品の説法の目的であるのであります。御講聞書によりますと日蓮大聖人は次の如く仰せられてをります。

法華極理の事。仰に云はく迹門には二乗作仏、本門には久遠実成此れをさして極理と云なり。但し是れも未だ極理にたらず、迹門にして極理の文は諸仏智慧甚深無量の文なり。其の故は此の文を受けて文句の三に云はく竪には如理の底に徹し横に法界の辺を究むと釈せり、さて本門の極理といふは如来秘密神通之力の文是れなり、所詮日蓮が意に云はく法華経の極理とは南無妙法蓮華経是なり

法華経を拝するに釈尊の報身中に久遠無作の三身を拝すると久遠無作の三身より釈尊の化用を拝すると二途ありますが、観心の一手に於ては後者をとるべきであります。即ち南無妙法蓮華経自受用無作の三身を拝するのが法華経の至極であります。此の筋目を立て拝しますると釈尊と上行菩薩との間の南無妙法蓮華経の法の付嘱が判然とするのでありまして、日蓮大聖人の諸御書の御恩召を如実に拝することができるのであります。観心本尊抄に次の如く仰せられてをります。

此の本門の肝心の南無妙法蓮華経の五字に於ては仏、猶、文殊薬王等にも之れを付嘱し玉はず。何に況んや其の已下をや、但地涌千界を召して八品を説いて之れを付嘱し玉ふ。其の本尊の躰たらくは本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏多宝仏、釈尊の脇士上行等の四菩薩文殊弥勒等の四菩薩は眷属として末座に居し、迹化他方の大小の諸の菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如し。十方の諸仏は大地の上に処し玉ふ。迹仏迹土を表する故也

此の御文は猶未だ種脱相対して御説きなされてをりませんからそのことは心して拝すべきであります。

問うて云はく本門の心は如何。答へて云はく本門に於て二つの心あり、一には湧出品の略開近顕遠は前四味並びに迹門の諸宗をして脱せしめんがためなり。二には涌出品の動執生疑より一半並びに寿量品分別功徳品の半品、已上一品二半を広開近顕遠と名く、一向に滅後のためなり。問うて曰く略開近顕遠の心は如何。答へて云はく文殊弥勒等の諸大菩薩梵天帝釈日月衆星竜王等初成道の時より般若経に至る已来は、一人も釈尊の御弟子に非ず、此等の菩薩天人は初成道の時仏未だ説法し給はざる已前に、不思議解脱に住して我れと別円二教を演説す、釈尊其の後に阿含方等般若を宣説し給ふ、然りと難も全く此等の議人の得分にあらず、既に別円二教を知りぬれば蔵通をも又知れり、勝は劣を兼ぬる是なり、委細に之れを論ぜば或は釈尊の師匠なるか善知識とは是れなり、釈尊に随ふに非ず、法華経の迹門の八品に来至して始めて未聞の法を聞きて此等の人は弟子と成りぬ。舎利弗目連等は鹿苑より已来初発心の弟子なり、然りといへども権法のみを許せり、今法華経に来至して実法を授与し、法華経の本門の略開近顕遠に来至して華厳よりの大菩薩二乗大梵天帝釈日月四天竜王等位妙覚に隣り又妙覚の位に入るなり、若し爾らば今我等天に向って之れを見れば生身の妙覚の仏が本位に居して衆生を利益する是なり、問うて曰く護人の為に広開近顕遠の寿量品を演説するや、答へて曰く寿量品の一品二半は始めより終りに至るまで正しく滅後の末法の衆生のためなり、滅後の中には末法今時の日蓮等がためなり。(法華取要抄)

重ねて申しますると迹門から拝しますと釈尊滅後に法華経を流通せしめられる如くでありますが、本門に至って拝しますと釈尊報身中の久遠の三身は猶教相の分域でありまして、実には南無妙法蓮華経の自受用無作の三身を立つるにあるのであります。従って滅後末法の弘通は法華経の教理でなく南無妙法蓮華経の仏を建立し弘通せしめらるにあるのであります。此の付嘱の儀が神力品であります。その付嘱を拝しますと、一往法華経を四句即ち如来一切所有の法、如来一切の自在の神力、如来一切の秘要の蔵、望切如来一切の甚々の事に結び法華の秘要をとって付嘱せしめられたのでありますが、再往滅後末法より拝しますと、此の四句は前の三句は上行此の所はまことに法華経中肝心なきところであります。四句の要法と申され、如来といふことは上行菩薩の人を証明讃嘆なされたのであます。此のことよくよく拝すべきであります。此の立前を以て御書を拝しませんとその思召しを穿き違へるのであります。
御講聞書に

日蓮己証の事。仰に云く寿量品の南無妙法蓮華経是れなり。地湧千界の出現・末代の当世の別付嘱の妙法蓮華経の五字を閻浮提の一切衆生に取次ぎ給ふべき仏勅使の上行菩薩なり云々、取次とは取るとは、釈尊より上行菩薩の手へ取り給ふ。さて上行菩薩又た末法当今の衆生に取次ぎ玉へり。是れを取次ぐとは云ふなり。広くは末法万年までの取次ぎなり是を無明断絶とは説かれたり。又結要の五字とも申すなり云々、上行菩薩取次の秘法は所謂る南無妙法蓮華経是れなり。云々

其の御文によって明らかな通り寿量品の所詮は南無妙法蓮華経でありまして、その妙法は釈尊の御手より上行菩薩の御手に全く移され玉ふたのであります。此のことは末法万年の間妙法の所在は上行菩薩の人にあらせらることは柄乎として明らかであります。此の故に御義口伝寿量品の条下に

されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり。無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経といふなり。寿量品の三大事とは是なり。

と仰せられてをります。以上の義によって上行菩薩が末法に三大秘法を建立なされたのでありまして全くその御内証にあるのであります。

御義口伝に云く。此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり。戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、目蓮確かに霊山に於て面接口決せしなり本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云々事の三大秘法是れなり、目蓮確かに霊山に於て面接口決せしなり本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云々

以上申述べましたところは、日蓮大聖人の建立し玉ふところの三大秘法は天台伝教等の残し玉ぶ大法であること、更に釈尊も法華経にその出現を予証し玉ふに止まり、未だ顕はされなかった大法であるとのことを述べたのであります。此の釈尊との関係が従来世間に誤まり説れておるのであります。このところを繰り返して申しますと、世間では日蓮犬聖人は釈尊の使である上行菩薩の再誕として法華経を弘められたのであると考へられておりますが、それは未だ法華経と大聖人の御真意を究めないからであります。御書の中にはその様な意味に仰せあれた御文がありますがそれは一往の義であります。由来御書は大聖人が所対によって御示しなされた御教へでありますから此の事を心にをいて拝すべきであります。当時は法華経を捨て他の諸経による諸宗がはびこってをつたので先づ法華経を立つべきを教べられ、而して法華経によって上行菩薩の出現を立証し玉ふたのであります。若し一度上行菩薩の出現を知るに至ればそこに初めて大聖人の御正意が現はれ玉ふのであります。此れは浅さより深さに至る順序を以て御法を御示しになったのであります。なほ此れに就きましてはいづれにせよ法華経の寿量品に、釈尊の報身を開顕し久遠已来の一仏を説かれてをつて此仏こそ根本仏であって其の他にはないといふ説が出ますが、此れは前にも申します様に寿量品をもう一重立入って拝する必要があるのであります。即ち寿量品の報身開顕は、釈尊の報身に三身の具すること説き明かしてありますが、それは爾前諸経の諸仏を統摂し玉ぶことを明らかにして結縁の衆生を此に帰一せしめられたのであります。しかし帰一し終れば久遠本有の自受用の三身を見るべきであります。かくて寿量品の至極するところはこの久遠の南無妙法蓮華経でありまして、此の境界より釈尊を拝すべきであります。是れが釈尊の本意であり、寿量品の至極であります。前に掲げました御義口伝の御文「如来とは釈尊、そうじては十方三世の諸仏なり、則しては本地無作の三身なり」とは此の御意であります。かくの如く拝しますと、そこにはじめて正しく見ることができますと共に、上行菩薩との関係も釈尊の化用を正しく拝する事ができるのであります。印度応現の釈尊、さかのぼって久遠といっても釈尊に執着致しますと全く一切を亡失することに在ります。それは衆生の機縁によって仏の妙化が施されるのであいますが、その仏を見出すことができないからであります。法華穫於て上行菩薩の出現し玉ふことは、釈尊の化導を助けられるためであって、また妙法付嘱は末法の仏であらせられる日蓮大聖人の御化導を予証し玉ふためであります。天台妙楽等の釈をよくよく思ひ合すべきであります。拠で此に然らば法華経が三大秘法出現の予証であるといふことは如何なる理由によるか経文は如何、といふ問題でありますが、此事は先づ次の事を了解し心得うることが必要であります。法華経の付嘱に二様ありまして、一つは経典そのものの付嘱であり、一つは南無妙法蓮華経の付嘱であります。経典付囑と申しますと、法華経そのものを付嘱することであります。迹門の宝塔品の三箇の勅宣の如く此の妙法蓮華経といって経典を指してをまりす。此等の御文を中心として付嘱を拝すれば法華経の経典そのものを指してをられるのであります。しかし本門に於て寿量品の御意より申せば、釈尊が久遠より所有し玉ぶ南無妙法蓮華経であります。しかも化法は釈尊の報身ではなく寧ろ釈尊の報身をしからしめた南無妙法蓮華経であるのであります。それ故此れは経巻付嘱に対し本尊付嘱或は法体付嘱等と申されるのであます。

天台大師は法華文句に寿量品の神通之力の御文を訳しで次の如く仰せられてあります。神は是れ天然不動の理即ち法性身なり。通は是れ無策思議の慧即ち報身なり。力は是れ幹用自在な力即ち応身なり。

此の神通之力の当躰たる如来は南無妙法蓮華経であり、寿量品は比を説き顕はされるのでありまして従って本門の意を以て付属の儀を尋ねますと法体付嘱となるのであります。観心本尊抄に此の本門の肝心の南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付嘱し玉はず。何に況んや其の已下をや。但地涌千界を召して八品を説いて之れを付嘱し玉ふと仰せられてありますが、之れ即ち此のことであります。比を以て神力嘱累等の経文を拝しますると、迹化の為には法華経の経巻を付嘱せられましたが、本化の為には法躰本尊を付嘱し玉ふたのであります。此の立前を以て神力品等を拝しますと、迹化の為には法華経を四句に結び要をもって付属せられたのでありまして結局法華経そのものの付属でありますが、本化の為には法躰本尊を付嘱して末法に法体本尊を所有する人を指示し玉ふたのであります。さればこそ神力品の四句に相対する次の各偈を説き示されたのであります。その御意は前にも申述べましたように如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵は上行菩薩の人と所有し玉ふ法とを称歎し玉ひ、而て如来の一切の甚深の事に於て上行菩薩の御化導はとりもなほさず仏の御振舞びである事を証明し玉ふのであります。その甚深の事をする偈文は次の如くであります。

能く是経を持つものは諸方の義、名字及び言辞に於て楽説窮尽なきこと風の空中に於て一切障凝なきが如くならん。如来の滅後に於て仏の所説の経の因縁及び次第を知って義に随って実の如く説かん。日月の光明の能く諸の幽明を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅し無量の菩薩をして畢竟して一乗に住せしめん、是の故に智あらん者此の功徳の利を聞いて我が減度の後に於て斯の経を受持すべし是の人仏道に於て決定して疑あることなけん。

此の御文に就いて日蓮大聖人は能く此の経を持つ者とは、三大秘法の中の本門の妙法蓮華経なりと仰せられ、一乗に住せしめんとの一乗に就いては、運載荷負の義一乗とは三大秘法の中の本門寿量の本尊云云一切衆生の生死の愛河を荷負する船筏なり煩悩の険路を運載する車乗なりと示され、応に斯の経を受持すべしとの斯の経とは三大秘法の中の本門戒なりと明かし玉ふてをります。此れ大聖人は法体本尊の付嘱より御説きなされるが故に御文の意を炳乎として御覧遊ばされてをるのであります。御文の中の斯経とは法華一経を指すのでない事は理の然る処であります。此の処を能く心得べきであります。かくて本門を拝しますと、寿量品より神力嘱累に至る八品は末法のための三大秘法を説き明かされたのであることが了解し奉ることができます。八品を説いて付属し玉ふとの大聖人の仰せは此のことであります。ここに注意致すべきは八品の経文を付嘱したのでなく八品は末法のために付属を示してその法と所有し玉ふ人とを御明かしなされたので即ち予証であります。若し一度大聖人が出現遊ばされ、三大秘法を建立されればその実体はその処にあらせられるのであります。世間には八品門流、仏立講のようにあくまで八品に仏と法躰があると執着するのは全く間違ってをるのであります。

南条兵衛七郎殿御返事

教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し日蓮が肉団の胸中に秘して隠して持てり。されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし。

と仰せられてをります。

以って三大秘法の所在を拝すべきであります。

さてこの旨を以て却って法華経を読みますると、法華経は本門の八品のみならず一経二十八品が大聖人の御出現とその所有し玉ふ南無妙法蓮華経を予言し玉ふのであります。

釈尊及法華経と日蓮大聖人の三大秘法との相違を総体の上に説き示されるのは種脱相対の御法門であります。即ち釈尊の法華経が脱益の仏法であるのに対して、大聖人の仏法は下種益の仏法であることを説き明かされるのであります。此れは大聖人の御法門の究竟の極説でありまして一切の法門は此所に起り此処に帰せられるのであります。
下種とは種う下ろすことで、脱は既に成熟したものを仕上ることであります。凡そ天地間の物の化育には種を下ろすと成熟せしめると此れを仕上げるとの三益があることは厳然たる法則であります。若し此の順序を立てなかったり或は誤ったならば化育の目的は達せられないのであります。それ故仏も衆生を化導なさる上に必ずこの三益を立て宜しきに従って化を施し玉ふのであります。従って仏の教を拝します場合此の三益の上に拝さなければならないのであります。之れは仏法の上に於て最も重大なることであります。

大聖人は観心本尊抄の中に次の如く仰せられてあります。

爾前迹門の円教すら尚仏因に非ず。何に況んや大日経等の小乗経をや。何に況んや華厳真言等の七宗等の論師人師の宗をや。与えて之を論ずれば前三教を出てず。奪って之れ云へば蔵通に同ず。設い法は甚深と称すとも未だ種熟脱を論ぜざれば還って灰断に同じ。化に始終わりなしとは是れなり。

以て如何に種熟脱を立てて、教を判ずることが重大であるかがわかるのであります。

法華経を拝しますとその中に三種の教相といって第一は根性の融不融と、化導の終始不終始と、師弟の遠近不遠近と、三つの大綱に於て教を展開し玉ふてをられますが、此れ等の教の根幹は釈尊が過去久遠に下種結縁せられた衆生をその後中間調機調養せられて最後に此の法華経に於て脱せしめられるといふにあるのであります。此れによって法華経は脱益の仏法であることが明らかであります。而して釈尊の化導を蒙って法華経によって成仏得脱する衆生は久遠に下種結縁をした衆生であることも明かであります。然るに末法の衆生はどうかと申しますと、末法恐怖悪世の衆生は未だ仏法によって化を蒙ったこともなく、積善もないまったくの荒凡夫であると仰せれてあるのであります。此れを本末有善の衆生と申します。

由来釈尊滅後の衆生には二様あります。一は既に釈尊に結縁してをりますが法華経によって成仏得脱できなかった衆生と一は末法の荒凡夫とであります。この法華経によって成仏できなかった衆生は本已に善があります。で法華経に帰して仏になることができるのであります。ところが末法の荒凡夫は之れと全く異って下種から始まらねばならないのであります。茲に於て然らば末法の衆生のために如何なる仏が下種なさるかまたその下種の仏法はどうか、といふことでありますが法華経の中に釈尊が末法の衆生を化導すると、いふことは説いてをらないのであります。また法華経によって下種されるとも説かれてをらないのであります。何時如何なる場合でありましても化導の主は仏であります。然るに末法に於いて釈尊は化導の主であるとは仰せられてないのであります。此れに就いては論者は寿量品の釈尊が古往今来本仏であって此のほかに仏はなしとして印度応現の釈尊を一仏といふものがあります。従って久遠下種の時も法華経であり説の時も法華経であると云ふのであります。これは猶未だ寿量品の究竟を知らないからであります。

前にも述べましたやうに寿量品の究竟は南無妙法蓮華経の久遠元初の自受用無作の三身如来であります。而して此れは下種益の妙法であるのであります。舎利弗が法華経に於て成仏をしたと申してもそれは本種に勝ったといふこと要であります。此れを以て拝しますと諸経教と諸仏を統摂し玉ふた寿量品の釈迦如来は一転して南無妙法蓮華経の三身から照し出されねばならぬのであります。此の境地に於かれて大聖人は三大秘法妙の中に次の如く仰せられたのであります。

寿量品に建立するところの本尊は五百塵点の当初以来此土有縁深厚本有無作三熟の教主釈尊是なり。寿量品に云く如来秘密、神通之力等云々

と既に久遠元初、妙法蓮華経の三身より照し出された印度応現の釈尊は三世の諸仏中の一仏であるのであります。御義口伝の御文よくよく思ひ合すべきであります。衆生が仏を求めまするには有縁の仏を撰んで立つべきであります。此れによりますと法華経の教主を立つる事は末法の衆生には縁が広いのでありまして、日蓮大聖人に縁のあることは経証の示すところであります。

まことに此の下種と脱益とをもって仏法を立てることは尤も肝心でありまして教の根本であります。大聖人の教法はこれに終始するものであります。

富木入道殿御返事に

総じて御心へ侯へ法華経と爾前と引き向へて勝劣浅深を判ずるに当分跨節の事に三つの様あり。日蓮が法門は第三の法門なり。世間に粗夢の如く一二をば申せども第三をば申さず侯、第三の法門は天台妙楽伝教も粗之れを示せども未だ事畢らず所詮末法の今に譲り与へし書五五百歳は是れなり。

と仰せられてをりますが、この第三の法門とは下種と脱益とを立て分けます法門で此れ末法に入って始めて大聖人によって明示さるべきを仰せられたのであります。

扨て以上の御境地にあって大聖人は三大秘法を建立せらるべくして建立し玉ふたのでありますが、此の経由について五綱の教判を御立てなされて一切の経教と諸宗とを批判遊ばされて、此の三大秘法が末法に出現し他の一切が影を亡ずべきである所以を明らかになされたのであります。即ち五綱の教判と教、機、時、国、と教法流布の前後との五つの大綱でありまして此れによりまして一切の経教、一切の諸宗を徹底的に批判して之れ等は末法今の時には凡て存在すべき理由がなく、またかへつて存在することが仏法の混乱を招き堕地獄の因となる旨を論断遊ばされてをるのであります。

先ず第一に、教とは世間に行はれてをる一切の教法を取り来ってその勝劣浅深正邪を批判するのであります。之れに就いて一切の教法を、仏法外の教と仏法の教と区別して、前者を外典外道の教とし後者を内典内道として此の二教を相対せしめて批判なされたのであります。之れを内外相対と申します。
次に仏法の内に於て釈尊の経教の中には小乗、大乗、権教、実教、顕教、密教等種々ありましてその理趣共々異るのであります。此れ等に於て法華経以前の経教を一括して権教と称し法華経を実教として、此の二つを相対して勝劣を批判するのを権実相対と申すのであります。
第三に法華経に前半の迹門と後半の本門とがありますが、その迹門と法華以前の経教と相対せしむるのを権迹相対と申します。
第四に法華経の本門と迹門とを相対して批判するを本迹相対、
第五に法華経の文上の教と文底の肝心とを相対するを文上が脱益の教であって文底が下種益の教でありますから種脱相対の批判と申すのであψます。
以上浅いところより深さにいたる順を立て批判をして決択するのでありますが、之れに五つの相対がありますから五重の相対と申してをります。此れ等の法門は開目抄その他の諸御書に御説きなされてありますが、いまその大要を拝しますると仏教以外の教は種々ありますが大体因果といふことが定められてをらないのでありまして、言ひ換へますと因果を究寛したところから教が説かれてをらないのであります。即ち過去現在未来の三世がありますが多く現在だけの世の中を対象として人生観、世界観を説いてをるのであります。或は過去と未来とを立て説いてをるものもありますが一生とか二生とかぐらいでありまして前の世とか次の世とかといふ位であります。従ってその人生観、世界観は浅く狭いのであります。また従って絶対の真実ではないのであります。このことを骨子として縦横に批判なされるのが内外相対であります。次に権実相対のおいては仏教には実に夥しい経典がありますが、此れ等の所説を比較致しますと、法華経以外の経説は方便であって法華一経のみ真実であるのであります。此のことは法華経の序経である無量義経の中に四十余年未だ真実を顕さずといはれ、釈尊一代五十年の説法に於て前の四十二年は方便で後の八年に説く法華経が真実であるといふのであります。また法華経方便品には、正直方便を捨て但無上道を説くといはれ、法師品には己に説き、今説き、当に説がんとする、その中に最も第一であると説かれてをります。此れ等のことに就いては既に支那の天台大師が五時八教の教判を以て一切の経教を残るところなく論じ尽され、法華経を最勝真実第一の経典と判定なされてをります。一度この判定がなされますや一切の異説は粉砕されて下ったのであります。しかしその後に於ても諸宗によって種々異論が出てをりますが、此れを覆す程のものは一つもないのでありまして、皆人情により偏見によっていはれるのであります。大聖人はこれ等について一々破折なされその勝劣邪正を論定なされたのであります。第三の権実相対に於ては、法華経の迹門とそれ以前の諸経教即ち爾前の諸教と、二乗作仏の有無を論定なされたのであります。この二乗作仏といふことは声聞縁覚の二乗が仏になるかならぬかの問題でありますが、これは仏法に於ける重大問題であります。爾前の諸大乗教に於ては一分の円教を説いてをりますが、その化導される衆生の二乗が仏になることを許されてをらないのであります。

仏法は一念三千の一大円理を説くにありますが、これにより見ますると全く半端な教であるのであります。一切の衆生は根性平等で等しく仏となることができるといふことは、全く法華経に於てのみ説き出され事実に証明せられたところであります。

大聖人は開目抄に詳細に批判なされ「之等の二つの大法(二乗作仏久遠実成のこと)は一代の綱骨一切経の心髄なり。迹門方便品は一念三千二乗作仏を説いて爾前二種の失一つを脱れたり」と論断遊ばされてをります。

第四の本迹相対といふのは法華経の二十八品のうち前の十四品を迹門と申しますが、此れは迹仏の説いた教へでありますから迹門と申すのであります。迹とは垂迹といって本地の仏が衆生を導きなさるのに迹を垂れて出現なさることであります。法華経の迹門は印度に出現した釈尊が、種々修行なされた挙句仏に成って種々御経を説くこと四十二年にして、そのあとで御説きなされたところでありますから、此の釈尊が迹仏なる故に迹門と申すのであります。此れに対して法華経の後半の十四品は、本地の仏が説いた教説であるから本門と申します。本門は迹門と異苔従来の迹仏が誓払って本署示し、その本地の仏が説かれたので書ます。

法華経は他の一切の御経に比べますと、仏の真実の教を説いてをりますから絶待に勝れてをりますが、その中に於て迹門と本門とを比較致しますと、二つの教の中に勝劣があるのであます。前にも述べまし如く迹門に於ては二乗が仏になることを説いて十界の衆生の成仏を明かし、衆生の教益を全うしたのであります。しかし猶未だそれを説かれる仏は迹仏であって、久遠の本地を明してをらないのであります。それ故、円の教とはいふものの不徹底でありまして、その不徹底なるところは法華経以前の円教と同じになるのであります。かように申しましても了解は難しいと思ひますが、他の言葉で申しますと、私共の人生観に於て空間的と時間的と二つありますが、空間的な面で考へますと万象は皆差別であって平等ではないのであります。唯平等といふことは、性分とか素質とかいふことを認めて、その上に平等の理を立てることができるのであります。若し事実の上に平等を観ようとするならば、時聞的の世界に於て見なければなりません。則ち昨日、今日、明日といふ変転してゆく世界から見ますと、人間は皆平等であるといふことが解せられるのであります。勿論此のことは現世だけではまだ平等だといふことには徹底できませんが、過去と未来といふことを考へますと成程と納得することができます。ところが三世の生命とか因果とかいふものがわからないとか否定されると、此の平等といふことは成り立たないのであります。

迹門に於ては丁度此の空間的に世の中を説いて、時間的に徹底して説き明かされてをらないのであります。諸法実相といって万象の真実相を開明して説かれましたが、横の断面に於て説き出されたので結局理性としての世界であります。殊に平等の性具を説いてもそれは衆生の間のことで、仏と衆生との間のことは猶未だ説き示されてをらないのであります。此れに対して本門の教は、仏が御自身の因果と、その所住の国とに約して本地を御説きなされたのでありまして、則ち時間的に御自身の本地を説き明かされたのであります。此れによって始めて仏の教の根本がわかり、従って一切の全貌が明らかになったのであります。本門の教はその至極は、釈尊が印度に出現して仏になったと衆生の方で者へてをるのを開顕して、久遠の往昔に仏に成ったといふことを説き明かすにあるから、一口に久遠実成を説くといふのであります。大聖人は前に引きました開目抄に種々御教示遊ばされてをりますが、治病大小権実違目に次の如く仰せられてをります。

法華経に又二経あり所謂迹門と本門となり。本迹の相違は水火天地の違目たり、例せば爾前と法華経との違目よりも猶相違あり、爾前と迹門とは相違ありといへども相似の辺も有りぬべし、所説に八教あり、爾前の円と迹門の円は相似せり、爾前の仏と迹門の仏は劣応、勝応、報身、法身異なれども始成の辺は同じきぞかし。今本門と迹門とは教主已に久始の違目百歳の翁と一歳の幼子のごとし弟子又水火なり、土の先後云ふはか良し、なお本迹を混合すれば水火を弁へざるものなり。

此の本迹を相対して勝劣を判断する上に、本と迹とは一致して同じであるとの論を為すものがあります。それは日蓮宗であります。此の宗旨に於ては本門と迹門とはその実相は同じであるといひ、また説き出される理体は同じであると申すのであります。此れは元来彼の宗では天台の判釈にならってかく申すのでありまして、大聖人の御判釈に依るのではないのであります。天台はその自家の立場より迹門方便品の諸法実相を中心の義と致しますから、その帰するところは迹門にあって本迹不思議一と申されるのであります。大聖人は末法の法華経より判釈遊ばされるが故に勝劣と申されるのであります。此れにつきましては又治病抄に次の如く仰せられてをります。

猶仏は(本迹を)分明に説き分け給ひたれども、仏の御人滅より今に二千余年が間三国並に一閻浮提の内に分明に分けたる人なし。但漢土の天台、日本の伝教、此の二人許りこそ粗分け給ひて候へども、本門と迹門との大事に円戒いまだ分明ならず。

此れを要するに、迹門に於ては十界円具を説かれてをりますが、それが性具に他ならぬのでありまして、事象の上の具ではないのであります。此等のことはやがて法華経の根本に於ける万象の考へ方に於て、重大なる相違を生ずるところであります。

第五の種脱相対については前に述べたところでありまして法華経の本門を種熟脱より判じて文上は脱てあって文底を下種とするのであります。此にもう一度述べますると、法華経本門は久遠の仏が御説きなされたのでありますが、その久遠の仏といふ。結局は本果妙の上の仏でありましてその教も熟脱の教えであります。いま此の仏を尋ね更に一歩立ち入りますと、本因妙の仏があられるのであります。而してまたその仏の教があるのであります。寿量品に如来秘蜜神通之力と説かれてありますが、此の御文は三世常住の仏を御説きなさるのであります。此の仏は久遠本有無作三身の如来でありますが、此れを探りますと本因妙名字位の仏であるのであります。而してその教は如何となればその仏の説き給ふところで理の一念三千に対して事の一念三千であります。此の文上文底は文上は在世結縁のための仏であり教法でありまして文底は末法下種の機のためであります。この種熟脱を以て本門を立て分けるのが種脱相対の教判であります。

以上が教についての五重相対判の大綱でありまして開目抄等に例示しなされてあるところであります。

次にまた五重三段の教判があります。之れは観心本尊抄等に例示し遊ぱされたものであります。先づ名目を挙げますると一代一経三段、法華経十巻三段、迹門熟益の三段、本門脱益三段、文底下種三段とであります。この三段といふのは序分と正宗分と流通分の三段をいふものでありまして仏が教を御説きになるには必らず序開きの教があり、その上に本旨の教を御説きになるのでありましてそれが正宗分であります。而してその後にその教の流通について御説きになる、これが流通分であります。仏の教法を説き給ふには此の三段があるのであります。従って経教を判断するにはこの三段を明らかに立て分けて拝する}ことが大切で若しこの三段を無視しますと、経教の本旨を誤ることになるのであります。この三段を立て経教を解釈することは支那の東晋の道安法師に始まるといはれますが爾来仏家は皆これを用ひてをるのであります。

五重三段の第一である一代一経三段と申しますのは釈尊が一代の間に説かれました経教を一本の経典として此れに三段を分つのであります。乃ち法華経以前に説かれた華厳、阿含、方等般若等の経教を序分とし、法華経と、その前の無量義経に後の普賢経との三部を正宗分とし更にその後の涅槃経を流通分とするのであります。

第二の一経三段は前の正宗分とする法華経等の三部に於て無量義経と法華経の序品とを序分とし、方便品より分別功徳品の十九行のげまで十五品半を正宗分とし、分別功徳品の現在の四信より普賢経までを流通分とするのであります。

第三の本門熟益の三段は無量義経と法華経のうち迹門の十四品とを一経として無量義経と序品とを序分とレ、方便品より人記品に至る八品を正宗分とし、法師品より安楽行品に至る五品を流通分とするのであります。

第四の本門脱益の三段といふのは法華経本門十四品のうち涌出品の前半品を序分とし、後の半分と寿量品と分別功徳品の前半品との一品二半を正宗分とし、分別功徳品の半品よりその後を流通分とするのであります。

第五の文底下種三段は釈尊の過去大通仏の法華経からその後の一切の経教、華厳経より法華経の迹門十四品涅槃経等一代五十年の諸経と十方三世の経教は一括して序分となし、寿重品と前後の二半を正宗とするのであります。此のことを観心本尊抄に次の如く仰せられてあります。

又本門に於ても序正流通あり過去の大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品渥涅槃経等の一代五十余年の諸経十方三世諸仏の微塵の経教は皆寿量の序分たり、一品二半より外は小乗教、邪教、未得道教、覆相教と名づく。

此の御文について古来種々異義があるのでありますが、御文の中寿量の序分なりと仰せられて同品一品を正宗と為すが如くでありますがそのすぐ下に一品二半の外はと仰せられて前後の二半を含ませられたことは明らかで乃ち一品二半を寿量品と仰せられたのであります。然らば前の本門の三段に寿量品の一品二半を正宗として挙げ玉ふに更に此の一品二半を取り上げ玉ふは如何といふに、前は文上脱益の三段の正宗分、此れは末法下種の三段の正宗分であるからであります。同じ一品二半と申しても、その義は全く異なるのであります。然らば切何に異るかと申せば、涌出品の、略して久遠を開顕し玉ふより動執生疑のところ迄を半品とし、寿量品の一品と分別功徳品の半品をとると寿量品は前の涌出品の略開近顕遠に摂属して文上脱益の正宗となります。此れに対して涌出品の動執生疑よりとりますと之れは寿量品に摂属されて文底下種の正宗となるのであります。而してこの正宗は如何なるかと申せば、文上脱益は一品二半で文底下種は妙法蓮華経の本尊であります。観心本尊抄に次の如く仰せられてあります。

所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を授与すべからず。地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ玉ふ也。本門は序正流通倶に末法の始めを以て詮となす。在世の本門と末法の初は一同に純円なり。但し彼は脱化れは種なり。彼は一品二半此れは但題目の五字なり。

此の御文によって第五の三段は一切の釈尊の経教が悉く末法の為には序分であって妙法蓮華経の御本尊が正宗分であることが拝されるのであります。ここに観心本尊抄に前に掲げましたように一切の経教を寿量の序分であると仰せ玉ひ流通に就いて特に例示しがないから流通分は上行菩薩が出世し玉ひ寿量品を流通なさるが故であるといふ説があるが、御文を拝すれば迹門本門共に妙法蓮華経の御本尊の流通分であるとの御意は明らかであります。

寿量品の一品二半も末法の妙法蓮華経の御本尊の流通分であるといふことはまことに大事大切なる教判でありまして教判の要は此にあるのであります。普通に世間では此れを逆に考へてをりまして、寿量品を流通せしめられるのが日蓮大聖人の妙法の御曼泰羅であると申してをりますが、比れは全くあべこべであります。仰も寿量品を御説きなされたのは上行菩薩に対しては付嘱のためであります。既に付嘱といふは流通のためであります。

法華取要抄に次の如く仰せられてあります。

問うて云はく本門の心は如何。答へは曰はく本門に於て二つの心あり。一には涌出品の略開近顕遠は前四味並びに迹門の諸衆をして脱せしめんがためなり。二には涌出品の動執生疑より一半並びに寿量品分別功徳品の半品已上一品二半を広開近顕遠と名く、一向に滅後のためなり。乃至問うて日はく誰人の為に広開近顕遠の寿量品を演説するや。答へて曰はく寿量品の一品二半は始めより終りに至るまで正しく滅後の衆生のためなり、滅後の中には末法今時の日蓮等がためなり。

心を澄まして此の御書を拝すれば、寿量品も亦末法のための流通分でありまして正宗分ではないことを了解し奉ることができるのであります。従ってその正宗分は文底観心の大法である妙法蓮華経であります。而して此の妙法蓮華経は釈尊より上行菩薩に付嘱し玉ふたところでありますから正宗分は大聖人にあらせられ、寿量品はその流通分になるのであります。此に一言注意しておかねばならぬことは、かく申しますと釈尊より上行菩薩に付嘱し玉ふ妙法ならば同じ妙法であるから釈尊の妙法を日蓮大聖人が流通し玉ふのではないかといふ論議がでるかも知れませんが、今は五重三段の上に申すことでその妙法蓮華経は前の五重相対の第五種脱相対と照り合せて了解し奉らねばなりません。乃ち寿量品の妙法はあくまで本果妙であり熟脱であります。しかしその文底う探くれば本因下種の妙法が秘沈されをるのでます。此れは末法の機の為であり日蓮大聖人の御境涯であって釈尊の御境涯ではないのであります。

三大秘法抄に

此三大秘法は二千余年の当初地湧千界の上首として日蓮たしかに教主大覚世尊より口決相承せし也今日蓮が所行は霊鷲山の禀承に芥爾許りの相違なき色も替らぬ寿量品の事の三大事なり。

と仰せられましたのは上の如き御恩召の上にの玉はれたのであります。

日寛上人は依義判文抄に於て次の如く御指南遊ばされてをります。

寿量品に云く是の好き良薬を今留めて此に在く、汝等取て服すべし、差じと憂うること勿れ等云云。応に知るべし、此文三大秘法を明すなり。所謂是の好き良薬とは即ち是れ本門の本尊なり。今留めて此に在くとは即ち是れ本門の戒壇なり。汝等取て服すとは即ち是れ本門の題目なり。問ふ天台大師云く経教を留めて在く故に是好良薬と云ふ等云々。此の釈の意に准ぜは通じて一代を指して惧に是好良薬と名く、那んぞ本門の本尊と為すや、妙楽大師云く頓漸に被ると離も本と実乗に在り等云々、若し此の釈に依らば乃し法華経を指して名て是好良薬と為す、曷ぞ本門の本尊と言ふや。答ふ像末時異にして付嘱同じからず、故に今末法本化の付属に約す。故に本門の本尊と云ふなり。本尊抄に云く是好良薬とは寿量品の肝要名体宗用教の南無妙法蓮華経是なり、此の良薬をば仏尚迹化に授与せず何に況や他方をや云云、是れ,神力付嘱の正体なり、豈に本門の本尊に非ずや。応に知るべし、寿重品の肝要とは肝要は即ち是れ文底なり、故に開目抄には文底と云い、,本尊抄には肝要と云ふ、故に知んぬ文底肝要眼目の異名なり。御相伝に云く、文底とは久遠名字の妙法に今日熟脱の法華経の帰入する処を志し給ふなり。故に妙楽大師云く脱は現に在りと雖も具に本種に謄ず云云と之れを思ひ合すべし

寿量品はその経教に於ては正像二千隼の熟益の機の化導のためでありますが、その至極のところ即ち文底は本種に騰ずる仁あります。故に此の本種が肝要であります。

御義口伝に

今日蓮等の類ひ、南無妙法蓮華経と唱へ奉る者は寿量品の本主なり。惣じて迹化の菩薩此の品に手をつけいろうべきに非る者なり。彼は迹面本裏、此れは本面迹裏。然りと難も而も当品は末法の要法に非ざるか。其の故は此の品は在世の脱益なり、題目の五字計り当今の下種なり。然れば在世は脱益、滅後は下種なり、仍て下種を以て末法の詮と為す云云。

と仰せられてあります。

日寛上人は観心本尊抄の御文である本門は序正流通倶に末法の始を以って詮となすと仰せられたのを委細に解釈遊ばされてその文底下種の三段といふは一切十方の経々は序分であり、流通分であって末法下種の妙法蓮華経が正宗分であると説き尽されてをります。
即ち観心本尊抄文段に左の如く仰せられてあります。

則ち知んぬ、今此の三段は三世諸仏の微塵の経々一塵も余すことなく十方法界の仏法の露一滴も漏らまず皆咸く文底下種の序流通なり。此の如き法相豈前代未聞に非ずや。古来の者未だ此の旨を了せざるなり。

以上は文底三段の大旨でありますが、此の三段を立て経教を読みますと、一切の経教は序分と流通分であって、日蓮犬聖人の三大秘法が正宗分であるのであります。

上に述べました教判の中五重相対は、一切の経教の理を浅いものより深いものと順次に比較相対して勝劣正邪を判定なされをのであります。また五重三段は仏の化導の中心目的とふものを探って経教の意を開明し批判遊ばされたものであります。此れ等に対し諸経に於て行人の断惑得果の上から漸次進趣のあとを探って此れ等諸経教の興廃を論じ玉ふたのが四重興廃の教判であります。

957
大聖人は十法界抄の中に

法華本門の観心の意を以て、一代聖教を按ずに菴羅果を取って掌中に捧ぐるが如し。所以は何ん。迹門の大教起れば爾前の大教亡じ、本門の大教起これば迹門爾前亡じ、観心の大教起れば本迹爾前共に亡ず。此は是れ如来所説の聖教、従浅至深して次第に迷を転ずるなりと仰せられまして此の教判の輪廓を例示し遊ばされてをります。

御文によって拝すれば、この教判は釈尊が化導なされ衆生が段々と化を蒙り迷う転じて最後法華経の本門に至って観心の至極に入りますると一切の其の以前の経教は既に不用になって廃亡されて了ふといふことによって立てられるのであります。此のことを以って前々の経教を判じますと、行人進趣の階程に於いて当分の間必要であるにすぎないといふことがわかるのであります。それとともに観心の大教こそ仏法の至極であって此れの教こそ唯一つ存在すると申されるのであります。それ故此れを跨節の教えとも申すのであります。申すまでなく仏の衆生を化導し給ふは衆生をして迷いを転ぜしめ成仏せしめらる々にあります。而してその衆生は何なる経に於て成仏を得られたかと申しますと、二乗舎利弗等は法華経の本門に至て等覚妙覚といつて仏の位に登られたのであります。此のことについては日蓮大聖人は観心本尊抄の中に於て、本門を以て之れを論ずれば乃至所謂一往此れを見る時は久種を以て下種となし大通前四味迹門をもって熟となし本門に至って等妙に登らしむるを脱と為す。

と仰せられ化導の衆生は本門に至って等妙に登られたとを明らかにしてをられます。然れば此の時に於て舎利弗等は観心の大教を被り此に止住せられるのでありまして、従って前々の経教は廃亡されてをるのであります。此のところをわきまへて一切の経教を見まするとそれ等の意義をはつきりと把握することができるのであります。それ故菴羅果を取って掌中に捧ぐるが如しと仰せられたのであります。此れは菴羅果は見分けにくいのでありますが手に取って見れば区別することとができるといふ譬えであります。誠にその通りで此の教判は一代諸経教を分別するに非常に大切なるものであひます。

一代の諸経教に法華以前の教即ち爾前の教と法華経に入って迹門と本門とあり、尚本門に於て観心がありますが此の四重に於て爾前景経は法華経迹門の教が説かれるとそれ等は不用になって廃される、また本門の教が起って此の教に入ると迹門の教が廃されるのであります。次いで観心の大教が興るとまた本門の教が廃されて不用になるのであります。かくて最後に観心の大教のみ存在するのであります。此の立て前を以て各経教の内容と得果とを相対批判致しますのが四重興廃の教判であります。

茲に最後の観心の大教といふことについて一言してをきますと、法華経を教として此れによる観心を文上熟脱の観心と申しまして法華経の文底の妙法蓮華経の観心を文底下種の観心と申すのであります。日蓮大聖人は開目鈔の中に一念三千の法門は但法華葎の本門寿量品の文の底にしづめたり、竜樹天親知ってしかもいまだひろいいださず、但我が天台智者のみこれをいだけりと仰せられてをりますが、これが文底の妙法蓮華経でありまして此の観心の境界が即ち文底観心の大教であります。

法華経に於ける観心を尋ねますると釈尊は脱益の教を垂れ舎利弗等また脱益の機として此れを受けとられてをるのであります。故に此れを熟脱観心の大教と申すのであります。しかし法華経の文底を探りますと、そこに下種の妙法がしづんでをるのでありまして舎利弗等も此れ至って了解を全うせられたのであります。此れ全く仏法の至極であります。釈尊は衆生に対して久遠に下種し中間前四味を熟となし法華経に於て脱せしめられたのであります。それ故法華経は脱益の教であります。此れが文上の分域であります。しかし乍らその底には、下種の大教があります。然らばその大教を何が故に表はされなかったかと申せば、衆生の機が熟脱であるからでありまして但末法下種益の機のために上行菩薩――日蓮大聖人に委ねられたのであります。それ故若し一度末法に入って此の文底観心の大教が現はれますると釈尊脱益の法華経は廃亡されるのであります。

本因妙抄に

日蓮の行儀には天台伝教も及ばず何に況んや他師の行儀に於てをや、唯在世八箇年の儀式を移して滅後末法の行儀となす。然りいへども仏は熟脱の教主、某は下種の法主なり。彼の一品二半は舎利弗等のためには観心たり、我等凡夫のためには教相たり。理則但妄の凡夫のための観心は不渡余行の南無妙法蓮華経是也

また百六箇抄には

一品二半は在世一段の観心なり、天台の本門なり、日蓮がためには教相の迹門なり云云

等と仰せられてをります。

次にまた日蓮大聖人の教判には一念三千の法門に於て一切の経典を吟味して勝劣浅深を判定するのであります。此れを三重の秘伝と申上げてをります。此れは秘伝と申すのでありますから俄かに教判とも申せないかもしれませんが、その義は教判を通じて一念三千の所在と相伝とをお明かしなされたのを指すのでありますから教判と拝することができます。

仏教は普通八万四千の法門とも申して非常に多くの教がありますが詮じつめると一念三千の法門にほかならぬのでありまして、結局此の法門を説かんがために種々の教を説かせられたのであります。もとより一念三千といふ名目は天台大師がいい出されたものでありますが其れは大師が仏の教理の根底を取り出されてそれに名つげ玉ふたのであります。而して此の教理は華厳経の十法界と法華経の十如実相と大智度論の三世間とを以て組み立てられたものと普通に申されますが、此れは全く大師が法華経によって仏教の教理の根底を取り出されたのであります。釈尊の悟り玉ふた教理は此の一念三千の教にほかならんのであります。そこで此の一念三千の法門をもって一切経にのぞみますとその、一分一分を説いた経典や全般を説かれた経典とがあることがわかるのであります。

一切の経典を法華経以外の爾前経と、法華経の中に本門と迹門とがあり、また本門に文底と文上とがあることは前々再三中申したところでありますが、此れ等の経典に説かれたところは段々に一念三千が説かれてあります。此れを一に権経と実経、二に迹門と本門、三に脱と種と相対して見まするとその説き顕はされてをるところに一分と円満との相違があるのであります。

そこで第三重の教に御正意があるのが明かになります。

日蓮大聖人は開目鈔の中に

一念三千の法門は、但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり。竜樹天親知てしかもいまだひろいいださず、但だ我が天台智者のみこれをいだけり

と仰せられてをりますが日寛上人の御指南によりますと此の御文に於て三重の秘伝を例示し遊ぱされたのでありまして、御文に但法華経とは爾前権経には一念三千の法門を唯その一分だけ説き出されてあるにすぎません。

それにつき大聖人は同く開目鈔に

此等の経々に二つの失あり。一には行布を存ずる故に仍を未だ権を開ぜず、迹門の一念三千をかくせり。二には始成を言ふ故に、曾て未だ迹を発せず、本門久遠をかくせり。此等の二つの大法は一代の綱骨一切経の心髄なり。迹門方便品は一念三千、二乗作仏を説いて爾前二種の失を脱れたり。

と仰せられてあります。此れを以て判じますると爾前権経に於ては十界の差別―地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界の十界に差別があって各別であります。それで衆生の九界に仏界が具はると説きませんので十界互具といふことが明らかでありません。御文に行布といふのは行列排布のことで、妙楽大師が華厳経と法華経とを相対して華厳経には菩薩の五十二位に於ける歴却修行を説いて差別を立ててをりますのを行布を存するが故に仍を未だ権を開せずと批判なされたその文であります。華厳経は爾前の諸経の中に於て勝れてをりますがその経の教説を挙げてここに浅深をお明かしなされたのであります。一念三千は十界互具といって十界がお互にまた十界を具しておるといふことが大切な義になってをります。仏法の教は、一切の衆生に体性があり一切の衆生が仏に成れることを説かれるものでありますから此れからいって華厳経さへも未だ真意を説き明かしてない、即ち権を開顕してをらないのであります。然るに迹門に於て権の教を開いて実を顕はして一乗の法を説き、十如実相の教によって性相等の平等を明らかにされたのであります。此れが爾前と迹門との相違の一つであります。而してまた爾前の教には釈尊が印度に出現して種々修行の後に仏に成ったといふことを説いて、未だ久遠といって昔に仏になったことを明らかにしてをりません。此れは迹門にも未だ説かれたいところでありますから爾前の諸経には当然ないのであります。以上の二つの点が爾前の経にはかくされてをるのであります。ここに「迹門方便品は一念三千二乗作仏を説いて」と仰せられてをりますが方便品は声聞縁覚等の二乗が仏になることを教ゆる為に説かれたのでありまして、一念三千はその理であり二乗作仏は具体的事実であります。二乗といへば慈悲を欠き自分の安楽のみを求めて真理を追ひ、ついに自身を滅空せしむるの衆生であります。爾前の経々には此等の衆生を嫌って此等はついに仏にならないといはれてをるのであります。然るに法華経に於て此の二乗が仏になるといはれたのであります。此のことは仏の御境界を拝察する上に重大なる事柄であります。古来此の点について諸宗の論議が盛んに行はれてをります。大聖人は此れ等に対し終止符をお打ち遊ばされたのでありまして、その子細は開目鈔に詳かに例示しなされてあります。かような次第で「一念三千の法門は但法華経」と仰せられて法華経のみにあるとの玉はれたのであります。「但法華経」と仰せられるは爾前の諸経には一念三千の法門をかくして法華経にのみ顕説し玉ふといふ意であります。先に天台は華厳経の十法界によつて一念三千の法門をお立てなされたといはれてをると申しましたが、上の如く義は法華経に限るのであります。妙楽大師は止観義例に諸分を散列して一代を該ぬれども文体の正意は唯二経に帰す、一には法華の本迹顕実により、二には涅槃の扶律談常による。此の二経は同じく醍醐なるを以ての故なり。といはれ、

また大聖人は

一念三千の出処は略開三の十如実相なれども義分は本門に限る。

と十章抄に仰せられてをります。

まことに一念三千の法門は仏教の教理の真髄でありまして言葉をかへていへば此の一念三千を説くのが仏教であります。そこで此の法門をもって諸経に照り合せますと法華経以外の諸経には全くその義がないのであります。一念三千の法門によらなければ衆生は仏になることはできないのでありますから爾前の諸経に於ては仏になることは出来ないのであります。

日蓮大聖人は此事を

一代経々の中に此経(法華経)ばかり一念三千の珠を懐けり。余経の理は珠に似たる黄石化。沙を絞るに油なく石女に子なきが如し。諸経は智者尚仏に成らず、此経は愚人も仏因を種ゆべし。(開目鈔)

と仰せられてあります。

さて法華経にをいて更に此の一念三千の法門をもって照合判断致しますと亦迹門の一念三千と本門の一念三千とがあります。即ち迹門にをいて説き顕はされてをるところと本門に於て説き顕はされてをるところに隠顕があります。

日蓮大聖人は前に掲げました開目鈔の御文の「迹門方便品は一念三千二乗作仏を説いて爾前二種の失一つを脱れたり」との次下に

しかりといへどもいまだ発迹顕本せざればまことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず、水中の月を見るがごとし、根なし草の波の上に浮るににたり

と仰せられております。御文の意は迹門には二乗作仏が説かれて一念三千の十界互具が明かにせられてをるが猶未だ仏の久遠実成が説かれてをらぬから真の一念三千でなく、従って二乗作仏も決定的なものにならないと仰せられるのであります。此れを解釈致しますと迹門は二乗作仏を明かすが故に十界互具の義はありますが未だ発迹顕本しないから仏界に二乗界が具することは今日始めて然るのであって以前にはなかったのであります。此れに順じて他の九界も然るのでありましてこれよりいつて真に十界互具一念三千の義が成立してをらぬのであります。而して他の九界がそうである限り二乗界に於いても決定的ではないのであります。

日蓮大聖人は此のことに就いて次の如く仰せられてあります。

迹門には但是れ始覚の十界互具を説いて未だ本覚本有の十界互具を明かさず、故に所化の大衆能化の円仏皆悉く始覚なり。若し爾らば本無今有の失何ぞ免るる事を得んや

既に迹門に於ける一念三千は本無今有でありますからその名はありましてもその実はないのであります。尚ここに二乗作仏も定まらずといはれますのは迹門には久遠下種を明かにしてをらないからであります。元来二乗作仏といふことは下種の境界に於ていひ得ることでありまして、二乗そのままに仏といふのは墨寛此れを予想しての上のことであります。然るに未だ此の下種の境界を説き明かさないのであるからその義が決定されておらぬのであります。而してまた迹門の二乗は実際に本門の本因本果を知らないのでありますから作仏といふも名目だけでその実はないのであります。

かように検討致しますと迹門は三乗を開いて一乗を顕すことは十界互具一念三千の教によるところでありますから一往その法門を説き出されたものといへますが、その義は本門によるのであります。

ここに此の本門と迹門との一念三千を比較相対致しますと上の如き理由によって迹門は劣り本門は勝れてをるのであります。此れに就いて若し本門の発迹顕本を経てかへって迹門に臨めばその実相は同じであるとして本迹一致と唱へて、大聖人の教も此れにあると主張するものがあります。そのいふところを見れば種々の理を挙げてをりますが今此の御書の文に就いて未だ発迹顕本せざればと仰せられてあるから若し顕本し竟て迹門に臨めば同じであるといふものがあります。此れは啓蒙の説であります。此れに対し日寛上人は若し此の論法を是とするならば無量義経に未顕真実と説かれてあるのも権実一致を意味すると解釈することになるがそう解釈することはできまいと論破なされてをります。而して大聖人の治病鈔の御文を引用なされて本勝迹劣を断定してをられます。

法華経に亦二経あり、所謂迹門と本門となり。本迹の相違は水火天地の違目なり。例せば爾前と法華経の違目より猶相違有り。

啓蒙日講は本迹一致の立前より尚之れを論じて二乗作仏は既に多宝分身が真実なりと定められてをるから発迹顕本を経なくとも確定してをるといって、大聖人が迹門に於ては真の一念三千も顕はれず二乗作仏も定まらずと仰せ給ふのは唯本門の久成をもって迹門の始成を奪はんがためであらせられる。その後本意は天台のいはれる迹を破られるにあると解釈してをります。此れに対し日寛上人はまた次の如く破折せられてをります。

多宝分身を引いて真実の旨を定むることは是れ爾前の方便に対する故なり。是故に彼の結文に云く、化法門は迹門と爾前と相対して等云云、今真の一念三千顕はれずといふは是れ本門に対する故たり。是故に未だ発述顕本せず等といふなり。同じ迹門といへども而も所対に随て虚実天別なり。若強いて爾らずといはば重ねて難じて云ふ、一代の聖教者是れ真実なり耶。既に上の文に云ふ一代五十年の説教は外典外道に対す加は大乗なり大人の実語なり云云日講如何。況んや複た久成を以って始成を奪へば則ち真の一念三千に非ること汝亦之れを知れり。若し実に爾らざれば蓮祖何んぞ無量を以って台宗を破すべげんや。次の文(註-開目鈔以下の文)に云く本門に至って始成正覚を破れば四教の果破る、四教の果を破れば四教の因破れぬ。爾前迹門の十界の因果を打ち破って本門の十界の因果を設き顕はす、是則ち本因本果の法門なり。九界も無始の仏界に具し、仏界も無始の九界に備はりて真の十界互具、百界千如一念三千なるべし云云。始成正覚破等とは経に元く我実成仏已来無量無辺等云云。是れ則ち爾前迹門の始成正覚を一言に大虚妄なりと破する文なり。

三重秘伝抄

日寛上人の御指南は骨目を穿ち残すところなく御書の御意を開明なされてをります。以て迹門に於てほ真の一念三千は設き顕はされず、従って迹門を去って本門の一念三千に依るべき所以を了解し奉ることができます。

蓋し迹門に於ては十界の性を具することを説き、しかも衆生個々の上の性具を説き顕はされたのであります。それ故諸法実相の理法は一往尽されてをりますが時間的因果の上には猶未だ尽されてをらないのであります。此れを説き明かされるのが本門であります。即ち釈尊が久遠の実成を説いて従来説いてきた伽耶始成を打ち破られ、ここに本因本果を開明せられたのであります。是の境界に於ける一念三千は九界仏界相互に具備する事実の世界であります。仏界を中心とする十界の実相であります。故に迹門を指して理の一念三千と名づけ、本門を以って事の一念三千と名づけるのであります。此の二門を判断致しますとまことにその間に人生観宇宙観に大きな相違あるのであります。

日蓮大聖人は此れによって迹門を去って本門を立つべき旨仰せられたのであります。さてまた法華経本門の一念三千に就いて此れを見ますると法華経の一経の基盤である種熟脱の上からいって此れは脱益の一念三千であることが拝せられるのであります。本門に於て久遠実成が説き顕はされまして本因本果の上に十界互具百界千如の義が明らかになったのでありますが、此れは畢竟本果の上に於ける一念三千であります。乃ち仏の御境涯於ける因果のうち果の上に居し玉ひて観ぜられる御法門であります。其れ故もう一重立入って拝すれば因の上の一念三千があるべきであります。此則ち下種本因の御境地であります。事茲に到りますと直に甚深微妙の御法椚でありまして容易にうかがいかねるところでありまして軽々に迹べることはできないところでありますが、今一言申してみます、古来此の因果のことに就きまして従果向因とか従因至果とか申す法門がありまして、仏の果に到達せられてその因に下つてくるとするもの、常に因の位から果に至るとするものがあります。また因果異時、因果倶時、因果一念等とも申され或は因果異性、同性、因果並常等因果の扱いは種々あるのです。

然し乍ら何んといっても至極のところは因果一念、因果倶時であります。当躰義抄に於て大聖人は次の如く仰せられてあります。

聖人理を観じて万物に名を付する時、因果俸不思議の一法しれあり。之を名け毒法菱と字。此の妙法蓮華の一着十界三千の諸法を具足して灘なし三を修行するもの悔因仏果同時に之を得るなり。聖人此の法を師となして修行覚道したまへば妙因妙果倶時に感得したまふが故に妙覚果満む如来となりたまいしなり。

此の御文の中に因果倶時不思議の一法と仰せられてありますが此れが致敷であります。此の理を事に於て観じますと因に損ずるか果に損ずるかといふことになります。而して今本門寿量品の文上を拝しますると風果並常の至理を説き顕はされてはあります添、その事に於ては因を果に損じてをられるのであります。此れは文上は脱益のためであるからであります。而して此の因果を一念の上に観じ因に果を損ずるところは下種益であって此れ寿量品の文底であります。本因妙抄に次の如く仰せられてをります。

次に宗の四重とは一に因果異性の宗、方便権教なり。二に因果同性の宗、是れ迹門なり。三に因果並常の宗、即ち本門なり。四に因果一念の宗、文に云く芥爾も心あれば却ち三千を具すと是れ即ち末法純円結要付嘱の妙法也云云。

而して更にまた本因妙抄に次の如く仰せられてあります。

問ふて云く寿量品の文底の大事と云ふ秘法如何。答へて日く唯密の正法。秘すべし秘すべし。一代応仏の域をひかへたる方は理の上の法相荒三部共墨の一念三千、遼の上の本門寿量ぞと得意せしむることを脱益の文の上と申す書。儀とは久遠実成名字の妙法を余行に渡さず直達正観する事行の一念三千の南-無妙法蓮華経是なり云云

比等の御文によって文上文底種脱の一念三千を拝し奉るときおばろげ乍らも髪髭として相貌を拝するのであります。

而して此の文底といふはどの経文を指し玉ふかに就いては種々の文が挙げられますが、日寛上人は「本因初住の文底に久遠名字の妙法事の一念三千を秘し給へり」と三重秘伝抄に御指南遊ばされてをります。通じて申しますれば寿最品は文底の義を指示し玉ふ故に種々の文を掘り下げますれば皆その義があるのであります。それ故義よって文を判じますと全品にわたると申せます。此れは依義判文であります。日寛上人もその著、依義判文抄には次の如くお説き遊ぱされてをります。

撰時鈔上に曰く、仏滅後迦葉阿難馬鳴竜樹天台伝教の未だ弘通し玉はざる最大深秘の大法経文の面に顕然なり。此の深法今末法の始め後五百歳に一閻浮提に広宣流布す等云云、問ふ夫れ正像未弘の大法末法流布の正体本門の三大秘法とは一代諸経の中には但法華経・法華経の中には但本門寿量品。寿量品の中には但文底秘沈の大法なり、宗祖何んぞ最大深秘の大法経文の面に顕然なりと言うや。答ふ一代聖教浅きより深さに至り、次第に之を判ずれば実に所問の如し。若し此経の謂れを知って立ち還って之見れば則ち爾前諸経すら尚本地の本法を詮せざるはなし。何に況んや今経の迹本二門をや天台大師玄文第九に云く皆本地の実因実果、種々の本法を用いて諸の衆生の為に而も仏事を作すと云ふは是なり。故に知んぬ文底の義に依て今経の文を判ずるに三大秘法宛も日月の如し故に経文の面に顕然なりといふなり云云。

而し今直ちに寿重品の文を尋ぬるに本因初住の文底と仰せらるるは経文の理趣により玉ふが故にして、その仰せられる所以は実に相伝にあらせられるのであります。故に「不相伝の輩焉んぞ文底を知らん」とも「宗祖云く此経は相伝に非ずん知り難し」等とも仰せられてをります。深く謹んで拝すべきであります。

かように次第して一念三千を拝して文底に立ち到って本門迹門の一念三千を拝しますと、皆此の文底より起るのであります。迹門と本門の文上とは共に理の上の法相でありまして乃ち理の一念三千であります。此れに対し文底は人法体一事の一念三千であります。日蓮大聖人が皆目抄に「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底に沈めたまへり。竜樹、天親知って而も未だ給ひ出さず、但我が天台智者のみこれを懐げり」と仰せ玉ひ、一念三千の法門は唯寿量品の文底に沈むとの御言葉は仏法の実事であります。仰いで拝し伏して信じ奉るべきであります。

以上悠々申述べましたやうに釈尊が一代の間お説きなされた幾多の経教に就てその教の勝劣浅深、化導の始終等あらゆる爾から批判検討致しますと一切経の中には寿量品、寿量品に於ては文底の妙法蓮華経が仏教の至極であることが明らかであります。

日蓮大聖人は寿量品得意鈔の中に

一切経の中に此の寿量品ましまさずぱ天に日月のなく、国に大王なく、山海に玉なく、人に精神無からんが如し、されば寿量品なくしては一切経徒事なるべし根なき草は久しからず、源なき河は遠からず、親なき子は人賎まる。所詮寿量品の肝心南無妙法蓮華経こそ十方三世の諸仏の母にて御坐し侯へ。

と仰せられ、また呵責謗法滅罪抄に

妙法蓮華経の五字をば四十余年比れを秘し給ふのみにあらず迹門十四品に猶是れを抑べさせ給い、寿量品にして本果本因の蓮華の二字を説き顕し給ふ。

ともまた日向記に

妙法蓮華経如来寿量品是れなり、此の題目の五字を以て三世の諸仏の命根とせり。

等と仰せなされ、此の寿量品の文底に沈められてをる南無妙法蓮華経乃ち名躰宗用教の五重玄の妙法を以て仏法の本躰であると定め玉はれたのであります。

而して此の文底下種か妙法は最初に述べましたやうに法華経に於ける付嘱の明証によつて上行菩薩が所有なさることは何等疑ふ余地がないのでありまして、乃ち日蓮大聖人の所有なさるところ柄乎として明かであります。それ故大聖人はその御境界を本尊に建立遊ばされたのであります。

これについて世間の人の考へからは釈尊と日蓮大聖人は時が隔ってをるではないが、それは一往の道理に過ぎないといはれませうがそこが大切なところでありまして、仏法の極地は凡ての人に久遠劫来永久の生命を開悟ぜしむるのであります。此れは無理にそう説くのではありません。科学的天地の実相を正しく探索して参るとそうでなくてはならぬのであります。此れを説き示されてあるのが仏法であります。かような教は仏法ををいては他にけつしてないのであります。今世と来世といって生れてきた現在の世と死んでから天国に行くとかいふことを説く教へはありますが其等は極めて浅薄であって少しく其の理を追求してゆくと矛盾するのであります。

かような教は今日の世に受入られる筈はないのでありましてそれ故に宗教は阿片なりといふような批難が起るのであります。

今此の真の仏法は此世の永遠の生命を正しい教理によって説き明かされるのでありまして、その世界を体験遊ばされた方が仏であります、釈尊上行菩薩日蓮大聖人の方々であります。此の境地に於いて釈尊と上行菩薩日蓮大聖人は衆生化導の為に出現遊ばされ付嘱の儀を以ってその化を証明なされてをるのであります。かへすがへすも此の永遠の生命の上から拝しないと妙法蓮華経の教は解らないのであります。しかし此のところがなかなか難しいので仏の御化導があるのであります。

寿量品の自我偈の中に

我れ常に衆生の道を行じ道を行ぜざるを知って、度すべき所に随って為に種々の法を説く、毎に自ら是の念を作す、何を以ってか衆生をして無上道に入り速かに仏身を成就するを得せしめんと

と説かれてをります。又大聖人は嬰児に乳をふくませんとするが如しと仰せられ、諸仏の大慈悲は此処に御苦心あらせられるのであります。

扨て此の仏法に於ける最大深密の秘法は寿量昆の文の底に沈め玉ふと仰せられ、釈尊の在世には文上の一品二半を説かせ玉ふに止まったと仰せられてをりますが然らばそれは何故であらせられるか、また文底の妙法は如何なる時に弘通せられ如何なる機のために被らしめらるるかと申しますと、時は末法、機は逆縁謗法の衆生であります。観心本尊抄に次の如く仰せられてあります。

所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず、末法の初めは謗法の国にして悪機なる故に之之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以って閣浮の衆生に授与せしめ給ふなり。

また教行証御書には

今末法に入っては教のみあって行証なく、在世結縁の者一人もなし、権実の二機悉く失せり、此の時は濁悪たる当世の逆謗の二人に初めて本門の肝心寿重品の南無妙法蓮華経を以って下種となす、是の好き良薬を今留めて此に在く汝取って服すべし差へじと憂うること勿れとは是れなり。

と仰せられてあります。

蓋し法華経によって仏の化導の次第を拝しますと、迹門に説かれたところによりますと釈尊は久遠三千塵点劫の大通智勝仏の時第十六王子として法華経を説いて衆生に下種し、その後印度に出現して法華経を説く迄の中間に種々教化して成熟せしめられ、法華経の迹門に説かれるところによりますと釈尊は久遠五百塵点劫に仏道を成就せられて衆生に下種し、大通智勝仏の時己米中間前四味迹門に成熟せしめ本門に到って猶未だ得税しない衆生のために涅槃経を説いて成仏得税の道を御教示なされたのであります。今此の法華経に説かれましたところから拝し、ますと此等の衆生は久遠に下種を受け釈尊の縁を結んだ衆生であります。即ち釈尊結縁の衆生であります。

而して此等の衆生は既に過去に仏道を行じたことがありますから本巳有善の衆生と申します。この衆生は大体今番の法華経に於いて得脱したのでありますが猶未だ得脱をしなかった衆生は釈尊滅後の正法像法二千年の間に小乗教権大乗教や迹門の教を修行してそれ等の経教を縁として妙法蓮華経を悟って得脱するのであります。此れを以て釈尊が結縁された衆生への化導は全うされるのであります。茲にに世の中は進んで末法に入りますと少分は像法の機根がありますが、凡て猶未だ仏法に縁を結んだことのない衆生計りとなるのであります。此れを本未有善の衆生と称します。此等の衆生は仏法に対しては逆縁であり悪機謗法の徒であります。従って末法は五濁の時といって一切が濁った世の中であり、此れを法華経には恐怖悪世といってをます大集経には釈尊人減後を五百年宛に区切って五箇の五百歳を説いてをります。第一には解脱堅固といって仏法に於て証りを得る時代、第二には禅定堅固で禅定が盛んに行はるる時代第三には読誦多聞堅固といって経文の読誦や教義の研究とか思索が行はれる時代、第四には多造塔寺堅固で堂塔が盛んに建てられる時代、第五が闘諍堅固で闘諍が激しく行はれ、仏法の正法が隠没して了ふ時代であります。此の第五の闘諍言訟白法隠没の時が末法の始めの五百年になるのであります。

以上によって時代の変遷と衆生の機根仏法に結縁の有無が大体明らかでありますが、此の末法の始めの五百年は従来の一切の仏法がその教はあってもその正義を失って全く無益となり終るのでありまして、その時に於て寿量文底の妙法蓮華経の教法が出現して一切の衆生に下種結縁して化導利益を被らしめられるのであります。

此れ法華経に説かれてあるあきらかな予証であります。日蓮大聖人は此のことを幾多の御書に仰せ玉ふてあります。今一二を拝しますると曽答入道殿許御書に次の如く仰せられてあります。

正像二千余年には猶下種の者あり、例せば在世四十余年の如し、根機を知らずんば左右なく実経を与ふべからず、今は既に末法に入って在世結縁の者は漸々に衰微して権実の二機皆悉く尽きぬ。彼の不軽菩薩末世に出現して毒鼓を撃たしむるの時なり。而るに今時の学者時機に迷惑して或は一乗を演説すれども題目の五字を以て下種と為すべき由来を知らざるか。

と仰せ遊ばされてをります。

扨て以上によって仏法に於ては法華経寿量品の文底の南無妙法蓮華経が肝心の要法であって、此の要法は日蓮大聖人の所有遊ばされると-ころでありまして尚此の要注は末法に流布さるべきであることを述べましたが、ここに日蓮大聖人の三大秘法建立の縁由があらせられるのであります。初め迹べましたように法華経の神力品に此のことを予証し玉ふてあるのであります。
 大聖人の三大秘法は本門の本尊、本門の戒壇、本門の題目とでありますが、此れをつづめますと本門の本尊の一大秘法になります。戒壇も題目も御本尊によつて起こってくるからでありまして乃ち御本尊に具ってをるところであります。しかしてまた三大秘法を開まきますと六大秘法になりまして本門の御本尊は法と人とになり、戒壇は事と義となり題目は信と行とになるのであります。三大秘法を聞合致しますとかようになるのでありますが、三秘のところを至極とするのであります。この三秘の関係はまことに重要なことで、此れをを誤ると大聖人の御法門をく拝することはできないのであります。世間で一は大聖人の教は題目にあらせられると思って題目を主として御本尊を忽かせにする者が多いのでありますーー多いどころではなく皆左様に考へてをりますが、此れがために大聖人の教をはき違へるのであります。元来かような考へは南無妙法蓮華経は法であるとのみ考へるからでありまし宇宙に遍満する妙法の理が題目であるとするからであります。是は大変な誤りで妙法翠経は物心であります。即ち法報応灘護帆三身具足の当躰であらせられ報身中に具し玉ふのであります。妙法の理が天地の間にありましてもそれは理性であります。実際には仏の御智慧のうちにのみ厳然として具はり玉ふのであります。その仏は十方法界に唯御一人在ますだけであります。そうしてその仏が衆生を正しく御導き下さみのであります。世間で庁甚大聖人の宗旨であると自称してをる一般の宗門では御本尊の首題の下に自分の名を記して授与してをりますが、飛んでもない大非法であります。恐らく此れは南無妙法蓮華経と唱えるものは法華経の行者であると考へて大聖人と同じ思ひをするからでありませう。凡そ法門に於ては総別の二義があるのでありまして此れを忘れると地獄へ墜ちることなります。日蓮大聖人は「総別の二義を違へれば成仏思ひもよらず」と仰せられてありますが、此れは行人の最も心をくべきところであります。法華経の行者は大聖人唯一人人だけで末法の仏も大聖人であります。総じて申せば妙法を信愛する程のものは行者といへますが別して逆縁の衆生でありまして順逆の分別は行功によるところであって畢竟唯一人の仏に対しては凡夫であります。かへすがへすも此のところが肝要であります。かようでありますから仏の所有なされる妙法即仏身たるところが根本でありまして、その御本尊を儲受し奉る上の修行が題目になるのであります。既に仏身地であらせられる大聖人の建立し玉ふ大曼荼羅を信受し持ち奉ることが肝要でありまして、此れ以外は皆偏見であり邪道であります。

次に戒壇と御本尊との関係でありますが此れに就いも題目を唱ふところ戒壇であると世間では説いてをりますが、それに本円戒でありまして戒壇ではないのであります。戒壇とは御本尊の在ますところを申上げるのであります。而して大聖人の御化導は一人一人の衆生を御化導なさるのは勿論であらせられますが、畢竟のところは一閻浮提一同に有智無智きらわず南無妙法蓮華経と唱へこめられるにありますから、本門の戒壇堂を建立しその戒壇堂に安置し奉る御本尊が御一代究寛の御本尊であらせられるのであります。それ故御本尊に老いても此の戒壇といふことを以って拝さなければ大聖人の御化導を正しく拝し奉ることはできないのであります。

日寛上人は文底秘沈抄に次の如く仰せられてをります。

夫れ本尊とは所縁の境なり、境よく智を発し、智亦行を導く故に境若し正しからずんば則ち智行も亦随て正しからず。妙楽大師謂へることあり、仮令発心真実ならざる者も正境に縁すれば功徳猶多し、若し正境に非れば縦ひ偽妄無げれども亦種と成らず等云云

とまことに尊い教へであります。此の御言葉は信心修行の道には先づ御本尊を簡ふべきをお教へ遊ばされたのでありますが、とりもなほさず三大秘法の順序をお示し遊ばされてをります。乃ち御本尊は境であり、題目は智であり、行は戒であります。なほ此事について一言致しますると、前に題目は信と行とであると申したのと喰い違ふやうでありますが戒は受持行であります。題目は智でありますが信を以て慧に代へる信であり、又唱行をお指しなさるのであります。

日蓮大聖人は四信五品鈔に

問ふて云はく末代初心の行者何物を制止するや。答へて日く檀我等の五度を制止して一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを一念信解初随喜の気分と為すなり。

と仰せられてありますが此れは唱行であります。また同じく四信五品鈔に文句の文を御引用遊ばされて次の如く仰せ遊ばされてをります。

文句の九に云はく初心は縁に総動せられて正業を修することを妨げんことを畏る、直ちに専ら此経を持つは即ち上供養なり。事を廃して理を存するは所益弘多なりと。此の釈に縁といふは五度なり。初心の考が兼ねて五度を行ずれば正業の信を妨ぐるなり。例へば小船に財を積んで海を渡るに財とともに没するが如し。直ちに専ら此の経を持つといふは一経にわたるに非ず。専ら題目を持ち余文を雑へず、尚一経の読誦だも許さず。如何に況や五度をや。事を廃し理を存すと言ふは戒等を事を捨てて題目を専らにす云々。所益弘多とは初心の考が諸行と題目と並び行ずれば所益金く失ふと云々。文句に云へ問ふ若し爾らば経を持つは即ち是れ第一義の戒なり、何が故に復く戒を持つ考といふや。答ふ此れは初品を明す、後を以て難をなすべからず等云々。当世の学考此の釈を見ずして末代の愚人を以て南岳天台の二聖に同ず誤りのなかの誤りなり。

此の御教へは受持行について仰せられたのであります。戒は受持行であります。御文の申直ちに専ら此経を持つとは、一経にわたるに非ず専ら題目を持ち余文を雑へずと申される題目とは末代今時の大曼荼羅であります。此の四信五品鈔は法華経の経文に照合して末代の修行の相貌をお明かし遊ばされたので一往四信五品の位に於て初心の老に就いて仰喧られたのでありますが、再往其の義は末代の本末有善下種の機に於ては一向に初心でありますから此の位の考の修行の相貌をお明かしなされたのでありまして、後々の位は末法にはないのであります。従で不必要でもあります。それ故に当世の学考此の釈を見ずして末代の愚人を以て南岳天台の二聖に同ず誤りのなかの誤りなりと仰せられたのであります。

かように題目は信行であつて戒は受持行りますから境よく智を発し智非行を導くと仰せられたのでありまして、以て三大秘法の順序を拝し奉ることができるのであります。此のことはまことに大事大切なことでありますから常に心に置いて法門を学ばなくてはなりません。世間には目分勝手に日蓮宗と称してをる身延派や、その他幾つかの自称日蓮宗がありますが、皆此の大綱に迷ひ、此の大綱に迷ふが故に全く似ても似つかぬ教義を説くのであります。看板は日蓮宗といひながらその心は天台宗であります。まったく慨嘆に堪へません。近頃雨後の筍のやうに新興宗教ができますが、その申に南無妙法蓮華経と題目を唱べるものが相当ありますが、それ等は大概お題目を唱えますがご本尊をそっちのけに考えて居ます。実にひどいのは訳のわからぬ霊牌を祀ってお題目を唱えてをるが事茲に至っては唖然として口も塞がりません。此等は皆御本尊を忘れるが故に如何に珍妙な行体に堕するかの標本であります。元来かまうな脱線は新興宗教許りではなく自ら日蓮宗と称する身延派をはじめ、一般既成日蓮宗が普此の過誤を犯してをるのであります。此れは何処から起るかと申せばお題目を唱へることが根本だといふ考へから起るのであります。それ故お題目を唱へるところが戒壇であるとか、一にも二にも我が身が本尊なりといって日蓮大聖人を傍らに拝しのけて自分が本尊の申央に座り込んだり、或は今日蓮などといつて訳けのわからぬことをいって他人を煙に巻いたり、はてはまた本尊に窮して無暗やたらと大曼茶羅を担ぎ出して此れ大聖人の御本尊申第一なりと勝手な理屈をつけたりするのであります。此等は皆天魔がその身に入ってなさしめる所業でありますが、その過因はお題目が根本であるといふところにあります。返へす返すも境よく智を発して智また行を導くと仰せられたお言葉を銘記すべきであります。申すまでなく大聖人が此の世に御出ましなされたのは末法のため最も尊い最も正しい御本尊を建立遊ばされて我等凡夫にお授け下さることであります。それは弘安二年の戒壇の御本尊で本宗総本山大石寺に蔵し奉るのであります。此の御本尊に於て初めて題目の信行、戒壇の受持が具はるのであります。

扨ていよいよここに三大秘法の一々の体についてお話をすることになりましたが、此の御法門は仏法の深秘を尽して例示し遊ばさるところでありますから私の如き考が到底及ぶところではありません。自ら省みて逡巡致します。がしかし初心の人のためにその大綱だけでも迹べますならば、何等かの賛助となるかと存じますので以下少しく申迹べることに致します。

先づ第一に御本尊様について申しますると、日蓮大聖人は三大秘法鈔に次の如く仰せられてあります。

寿量品に建立するところの本尊とは五百塵点の当初以来此土有縁深厚本有無作三身の教主釈尊是れなり。寿量品に云はく如来秘密神通之力等云々。疏の九に曰く一身即三身なるを名けて秘となし三身即一身なるを名けて密となす。又昔より説かざるところを名けて秘となし唯仏のみ自ら知るを名けて密となす。仏三世に於て等しく三身あり諸教の申に於て之を秘して伝へず等云々。

此の御文にあります通り大聖人の建立し玉ふ御本尊は寿量品に於て建立せられてをりますところの御本尊であります。此の建立と仰せられましたのは指標といふ意味で、即ち寿量品に指標せられてをるところの御本尊といふことであります。然らば寿量品に於て指標せられるといふはどういふとかと申しますと、法華経寿量品に「我本菩薩の道を行ず」と説かれてあますが、此れは釈尊が久遠に菩薩の道を行じ玉ふたことをお明かしなされたのでありまして、その時の本尊を此の御文が指標しをるのであります。三大秘法鈔に次の如く仰せられてあります。

夫れ釈尊初成道の初めより四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて略開近顕遠を説せ給ひし涌出品まで秘せさせ給ひ実相証得の当初修行し給ひし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり。

此の御文によって御恩召を拝することができます。かように寿量品は御本尊を指標し給ふので、その指標されますところのご本尊は文の底にありますから此の文底と申上げるのであります。此のことに就きまして他の門流に於ては「寿量品に建立するところ」と仰せられ、また観心本尊鈔に「寿量品の仏」と仰せられてありますので寿量品の文の上の御本尊であると固執してをりますが、此れは全く邪見であり偏見であります。御書の申に或いは法華経を本尊とすべしとか法華経の題目を本尊とすべし等種々仰せられてありますが、此れは機に対して浅きより深きに至る過程に於て仰せ玉ふたのであります。即ち一切経の申には唯法華経、法華経に於ては本門、本門に於ては寿量品、門寿量品において、文上を去って文底といふことになりますので、仮令法華経を本尊とするとか寿量品の仏とか仰せられましても、皆いづれも文底にある御本尊を御指し示し遊ばされてをるのであります。由来寿量品には二重の義がありまして、一つは舎利弗等のために説くと、一つは末法の衆生に説くとの二義があり、文上の辺は舎利弗等を脱せしむるためであつて、文底の辺は、末法の三大秘法を指標なさるのであります。このところをよくよく立て分けて拝さねばなびません。他門流においては此のところに迷ふが故に大聖人の御本尊は法華経一部にあるとか、法華経本門の八品―涌出品より嘱累品までの間に顕ばれ玉ふ仏であるとか、また涌出品の半品より寿量品の一品と分別功徳品の半品の一品二半の仏であるとか種々本尊を立てをりますが、全く猶未だ大聖人の御教を知らぬからであります、此れは大聖人の御一代の施化の全貌を拝して御示教の真意を了解し奉ることを知らず唯御書の一文一文に熱して妄断をするから堕ち入るところの誤りであります。昨今はまた大聖人の御書を同列にをいて、その申に仰せたされた同一の御文を拾ひ上げて数の多いのが大聖人の御真意であると申すものが多くなつてきましたが、かような御書の研鐙の仕方は誤りも甚しいのであります。そういふ仕方で仏法を了解し奉ることはできないのであります。倒へば釈尊の一切経において他経は多いが法華経は一経であります。多いといふならば他経によるべきであります。或は少くとも一経と一経とでありますならばいづれも同等でありますから、法華経が最勝といふことは申せないのであります。仏の御教へにおいては唯御一語であっても究極の教へを拝すべく、沢山のお言葉があつても浅く御説きなされてある御言葉もあります。要は御化導の場合にあるのであります。上述の如く大聖人の御本尊は寿量品に指標され玉ふ御本尊でありますが然らばやはりその御本尊は釈尊によつて建立なされた御本尊ではないかといふ疑問が起るかとも思ひますが、前にも述べましたように文上の仏は舎利弗等のためにお説きなされたのでありまして、末法の衆生のためにはご本尊を指標し玉ひ上行菩薩―日蓮大聖人の外用―大聖人によつて建立され玉ふを指標遊ばされたのであります。

観心本尊鈔に次の如く仰せられてをります。

此時地涌下界出現して本門の教主釈尊を脇士となす一閻浮提第一の本尊を此の国に立つべし。

また日女御前御返事には

抑も此の御本尊は在世五十年の申には八年、八年の間にも涌出品より、嘱累品まで八品に現はれ給ふなり。さて滅後には正法像法末法の申には、正像二千年には未だ本門の本尊と申す名だにもなし。何に況んや顕はれ給はんをや。又顕はすべき人もなし。天台妙楽伝教等は内には鑒み給へども、故こそあるらめ、言には出し給ばず、彼の顔淵が聞きしこと意には悟るといへども言に顕はして云はさるが如し。然るに仏滅後二千年過ぎて末法の始めの五百年に出現せさせ給ふべき由、経文赫々たり明々たり。天台妙楽の解釈分明なり。茲に日蓮何なる不思議にて侯らん。竜樹天親等天台妙楽等だにも顕はし給はざる大曼荼羅を末法二百年の比はじめて法華弘通の旗章として顕はし奉るなり。

此れ等の御文によって大聖人が末法に始めて建立なさることは明かであります。御文の申此の御本尊は釈尊の法華経の八品に現はれ給ふと仰せられたのを速断して、その法華経の仏であると拝してはなりません。此れ久遠の南無妙法蓮華経の仏のことを仰せられてをるのであります。

従ってまた法華弘通の旗章と仰せられたのも久遠の妙法をお指しなされてをるのであります。まことに法華経寿量品の文底の御本尊は日蓮大聖人によって始めて建立せられ玉ふのであります。是れその什嘱によって時と機とが指示なされてありまして、大聖人以前においては時と機とがないからであります。法華経において釈尊より上行菩薩―日蓮大聖人に御本尊の付嘱がありましたことは最初に申す述べました通りでその御本尊を大聖人が建立し玉ふたのであります。それ故竜樹天親天台伝教等の方々や聖徳太子におかれては、皆法華経によって此の御本尊を知り玉ふも時と機とが蓄ので建立されなったのであります。以上によって「寿量品に建立するところの」との御文の意を拝することができようかと思ひます。次に御文の下「五百塵点劫の当初以来此土有縁深厚本有無作の三身の教主釈尊是れなり」について申しますと、此の御文において大聖人は御本尊の相貌を端的に御教示遊ばされたのでありまして、短い御文ではありますが重々無尽の御義があるのであります。

先ず先に御文の字義を拝しますと五百塵点劫と申しますのは寿量品は釈尊の成道の久遠なることを説かれてありますが、その久遠を明かされますのに五百千万億那由佗阿僧袛の三千大千世界を粉抹にして、その微塵を東方に行って五百千万億那由佗阿僧袛の国を過ぎるごとに一塵づつをいて、その微塵がしまひになるまでの数の世界即ちそれだけの五百千万億那由佗阿僧袛の世界を集めてまた粉抹にしたその微塵の数を以てたとへてをります。それで此れを一口に五百塵点劫と申します。次に此土有縁深厚と申しますのは此の娑婆世界に縁の最も深いといふことで此れは寿量品に「我れ成仏してより巳来復た此れに過ぎたること百千万億那由佗阿僧袛なり。是れより来た我れ常に此の娑婆世界に在って説法教化す。亦余処の百千万億那由佗阿僧袛の国に於ても衆生を導利す」と説かれてありまして始終一貫して娑婆世界に常任し、衆生をお導き遊されてをるを明かされてをりますのを申すのであります。次に本有と申しますのは元本来此の世にましますといふことで、今有に対する言葉であります。次に無作三身と申されますは無作は有作に対する語で天然法爾の姿、後々に出来た繕った姿でないといふことを意味するのであります。
日蓮大聖人は御義口伝に次の如く仰せられてをります。

無作の三身なれば初めて成ぜず、是れ働かざるなり。三十二相八十種好を具足せざれば是れ繕はざるなり。

と以て御意を拝することが出来ます。三身とは法身報身応身を申します。身といふは聚集の義で身は諸法を聚集して出来上ってをるからであります。此れにをいて理の法聚を法身と申し智の法聚を報身、功徳の法聚を応身と申すのであります。次にまた教主釈尊と申されますのは教を説き衆生を導き玉ふ主である釈尊といふことであります。此の御文に於て寿量品に指標し玉ふ本尊は久遠本有にして此の娑婆世界に常住ましまし、しかも三身具足の御本尊であるといふこををお挙げなされたのであります。此のことは此の御本尊が他に比類のない一大円満な、かつ根本の仏であることをお示し遊ばされたのであります。仏法の諸経教に種々の仏をお説きなされてをりますが、いづれも此の娑婆世界でなく他の世界に住し久遠本有常住の仏でなく後々の世に示現された仏であります。而して唯法身の仏であったり、報身のみであったり、応身のみであつたりして、一身の上に三身が具足してをる仏ではないのであります。此れに対して寿量品の仏は久遠より常住し玉ひ三仏を具足してをられるのであります。此のことを大聖人は三大秘法鈔の次下に天台大師の釈を御引用なされて御説示し玉ふたのであります。
即ち三仏即一

仏、一仏即三仏、三仏三世常住といふことが寿量品に説かれる仏であまして、此の仏こそ根本に崇重し奉るべきでありますから本尊と仰せ玉ふのであります。由来諸経教に説かれ、諸宗が本尊としてをる仏は此の寿量品の仏が種々に姿や形をかへて出現されたのであって、一部を示現たされた仏にすぎないのであります。それで此等の仏を捨て寿量品に指標し玉ふ円満なしかも根本の仏を本尊とすべきことをかように仰せ遊ばされたのであります。

三大秘法鈔の御文の字義を拝しますと以上の如くでありますが、此の御文には重々の御義がありまして此れを掘り下げて拝するところに大聖人の御法門があらせられるのであります。蓋し此の御文は上に申しましたやうに諸経教或いは諸宗の仏を捨て寿量品の仏をお立てなさることを太田殿に例示しなさるのでありますから、一経の大綱をお明し遊ばされ細目にわたってはをらないのであります。そのため梢々もすると此の御文を穿き違へて種々の解釈が起っているのであります。今此の点について申し述べますにはまず寿量品について拝察する必要があります。由来寿量品は如何なる目的でお説きなされたかと申しますと此れについて天台大師は「通じて三身を明かすにあり別しては報身を説くにある」と申されてをります。即ち総体の上には仏の三身を説かれみにあるが主としては報身を説かれたのであるといふのであります。此れについて釈迦如来の報身を開顕してその久遠の報身に三身を具することを明かされたといふのと、釈尊報身の開顕は久遠の三身具足をお明し遊ばされるためであるといふのと二つの拝し方があります。前の方は一般世間で日蓮宗と申してをるものが大体そう解釈してをります。此れは恐らく大聖人が諾御書に於て釈尊をお立てになるところから速断して釈尊の報身に三身を具足するのが寿量品の仏であるとするのであると考へられます。

しかし此れは寿量品以前の諸仏を廃する目的で報身開顕をなされた、その目的があってのことであるといふことを忘れてをるのであります。勿論此のことは釈尊に縁を結び化導を蒙る衆生でありますから、かように釈尊の報身に於て開顕せられたのであります。そこで此の目的と結縁して化導を蒙る衆生に対するとの二つの辺を去って寿量品の仏を拝案致しますと、それは久遠の無作三身をお立てなさるにあるのてあります。此れが至極の義でありまして天台大師が通じては三身を明かすと仰せられをのと拝察されます。

日蓮大聖人は御義口伝に次の如く仰せられてあります。

第一南無妙法蓮華経如来寿量品第十六の事。文句の九に云く、如来とは十方三世の諸仏二仏三仏本仏迹仏通号なり、別しては本地三仏の別号なり、寿量とは十方三世二仏三仏の諸仏の功徳を詮量す、故に寿量品と云ふと。御義口伝に云く、此の品の題目は日蓮が身に当る大事なり、神力品の付嘱是れなり。如来とは釈尊、惣じては十方三世の諸仏なり。別しては本地無作の三身なり…・・無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云ふなり。

御文を拝しますと寿量品の如来は本地無作三身であってその宝号は南無妙法蓮華経であると仰せられてをります。以て寿量品の底意は本地無作三身を説かせられるにあって即ちその仏を指標し玉ふのであります。かくてこそ霊山一会の衆生は我が身を観じて仏になることができたのであります。繰返して申しますと寿量品は釈尊の報身を開顕して久遠をお明かしなされまして、自ら久遠の仏在ることをお説きなされておりますが、その底意は釈尊御自身を本尊と指標し玉ふのでなく本地無作の三身の南無妙法蓮華経を指標し玉ふのであります。是れを以て三大秘法鈔の上掲の御文に本有無作三身と仰せられたお言葉を正しく領解し奉るべきでありす。かく申しますとそれでは人を離れた久遠の妙法であって、それは寿量品の義を逸脱することになるではないかといふ質問がでるかと思ひますが、それは勿論人を離れた妙法ではないのであります。そこで今度はその人の仏を択ふこと、が問題になるのであります。此にをいてまた寿量品の釈尊をよく拝察しなければならなくなります。此れが法門を立ててゆく順序でありまして此の順序を立てないと混乱して肝心を失ふことになります。此の点を明らかにするのは三秘鈔上掲の御文「教主釈尊是なり」という言葉を拝察申上げれば自ら解決することになります。

此に教主釈尊と仰せられましたのは法華経の教主である釈尊ではなく本地無作の三身である人の仏をお指しなされたのであります。釈尊と申しますと印度応誕の釈尊と一途に考へられますが、そうではなくて久遠の妙法蓮華経を具へる人の仏のことを仰せられたのであります。此のことは大聖人が本尊問答鈔に次の如く仰せ遊ばされてをりますことを考へ合せる必要があます。

問ふて云く末代悪世の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや。答へて云く、法華経の題目を以て本尊とすべし。不空三蔵の儀軌は宝塔品の文によれり。此れは法華経の教主を本尊とす、法華経の正意にはあらず。上に挙ぐるところの本尊は釈迦多宝十方の諸仏の御本尊、法華経の行考の正意なり

本尊問答鈔は猶未だ権実相対の上の御法門でありますが元意は法本尊を例示し遊ばされたのであります。従で此の御書によって御本尊の拝し方を会得し奉ることができます。乃ち無作三身の仏を確立して後に人の仏を拝して確立し奉る此れが順序であります。そこで前に述べました無作三身の仏は南無妙法蓮華経と号し奉るのでありますが、此れは法の上に一念三千を以て拝しますと一念三千に迹門、本門、文底とあります。(此のことは前々に申した通りであります)本門文上は本果脱益理の一念三千であり文底は本因下種事の一念三千であります。此の法本尊の立て分けを以て人の仏を拝しますると教主としての人の仏様、主師親として三徳有縁の仏様をはっきりと拝することができるのであります。

一念三千の御法の上から御本尊を御説示遊ばされてをりますのは観心本尊鈔であります。一念三千の御法門は仏教の教の至極でありますが此の御鈔に於て法華経迹門には理の一念三千、本門に於て事の一念三千を説かれ玉ふをお明しなされ、而して終りに法華経は本門迹門とも理の一念三千であってその文底が事の一念三千であることを御教示遊ばされてをります。ここに於て法華経に明し玉ふを教相本尊とし文底を観心の本尊となされ後の五百歳に始めて建立し弘宣する観心の御本尊を御説き遊ばされたのであります。乃ち左の如く仰せられてをります。

像法の申末に観音薬王南岳天台等と示現し出現して、迹門を以て面となし、本門を似て裏となし、百界千如一念三千其の義を尽せり。但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並に本門の本尊未だ広く之を行ぜず。所詮円機有て円時無き故なり。

此の御文は法華経の一念三千について天台と大聖人と相違してをられることによせて御教示遊ばされたのであります。天台は迹門を面とし本門を裏として理の一念三千を立て玉ふたのであります。此れに対して大聖人は法華経の文上の本門迹門共に迹とし裏とし文底の本門を表となされたのであります。此のことについて天台は迹門を面とし本門を裏とせられたが大聖人は文上の本門を面とし迹門を裏とせられたのであると所謂日蓮門下ではいふてをりますが習ひ損ないの法門であります。法華経文上に於ては迹面本裏が至極の意でありまして本面迹裏といふことは立たないのであります。唯文底の本門によって文上の法華経に臨む時、文底の本は面、文上の本迹は裏となるのであります。此れは種熟脱から出てくるところであります。

御義口伝に次の如く仰せれてをります。

今日蓮等の類ひ南無妙法華経と唱へ奉る考は寿量品の本主なり。惣じては迹化の菩薩巻此の品に手をつけいろうべきに非ざる考なり。彼は迹表本裏、比れは本面迹裏、然りと離も而も当品は末法の要法に非ざる歎。其の故は此の品は在世の脱益なり題目の五字許り当今の下種なり。然れば在世は脱益、滅後は下種なり。仍て下種を以て末法の栓と為す云云。

そこで熟脱の機のためには法華経の迹面本裏によって本尊が立てられ、それが観心の本尊となるのでありまして、それが法華経文上の至極であります。而して此は下種の機には教相であって文底が親心の本尊であるのであります。かようでありますから、
また観心本尊妙に

在世の本門と末法の初は一同に純円なり。但し彼は脱、此れは種なり。彼は一品二半此れは但題目の五字なり。

と仰せられたのであります。ここに注意致すべきは此等の御文を拝して此れは修行の上のことであると申すものがありますが、此れは法体をお明かしなされてをるのであります。故に「事行の南無妙法蓮華経並に本門の本尊」と仰せられるのであります。血脈鈔に次の如く仰せられてをります。

迹門を理の一念三千といふ、脱益の法華は本迹倶に迹なり、本門を事行の一念三千といふ、下種の法華経は独一の本門なり。

既にかくの如く南無妙法蓮華経の法体は本因下種事の一念三千でありまして、従で本有無作の三身如来の御当体は此の法体のことを申されるのであります。ここに於て此の境妙と冥合してをられる人の仏をたずねますると日蓮大聖人であらせられるのであります。従ってその教主は大聖人であります。法華経の教主である釈迦如来ではないのであります。此のことは前に再三申しましたやうに釈尊が法華経の神力品に妙法の付嘱を遊ばされ上行菩薩を讃歎なされ、そのことを未前に寿量品の文の底に指標し玉ふてをるのであります。さればこそ大聖人は御義口伝に「本尊とは法華経の行考の一身の当体なり」と仰せ玉ふたのであります。以て三大秘法鈔に「無作三身の教主釈尊」と仰せられたその教主釈尊の義を拝し奉るべきであります。なほ此のことに就いては順序上法華経によってたずねまするが故に印度応誕の釈尊にとらはれ勝ちでありますが、若し直途に久遠の無作三身を拝しますれば此の御文の御意を正しく領解し奉ることができます。

かように段々例示教によって拝して来ますと法華経寿量品に指標し玉び大聖人の建立し玉ふ御本尊は久遠元初本因下種事の一念三千の南無妙法蓮華経、本有無作の自受用身の如来が法のご本尊で、日蓮大聖人がその教主にあらせられて末法有縁主師親の三徳の仏てあらせられ、それ故私共は人の御本尊として大聖人を尊崇申し上げなければならぬことを領解し奉ることができます。しかして種熟脱を相対して下種が本であることは理の当然でありまして下種の仏が本仏であらせられます。

諸法実相鈔に

是れ即ち本門寿量品の事の一念三千の法門なるが故なり、されば釈迦多宝の二仏といふも用の仏なり、妙法蓮華経こそ本仏にては御座侯へ、経に云く如来秘密神通之力是なり、如来秘密は体の三身にして本仏なり神通之力は用の三身にして迹仏ぞかし。凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり。

と仰せられてをります。

ここに寿量品の指標し玉ふ御本尊が法の御本尊であられるが故に人御本尊を離れて法御本尊を立て、大聖人の御正意となす考がありますが、此れは一往の階段に於て仰せなされる所以を知らないからであります。人を離れた法はないのでありまして着しそれを立てれば理の法相に他ならぬのであります。それはまた天台の理の一念三千であります。事の一念三千は事相に於て成り立つのであります。故に人の仏が必ずあらせられるのであります。迹門の諸法実相は理の上の法相で性平等を説くにあります。此れは妙法蓮華経を迷悟因果の理法として性具を説かれたものであります。本門は仏の因果国に約して説くといはれ事体の上に実相を説かれてをるのであります。法界に於いて一切の衆生悉く妙法の当体ではありますが、それは理性の上でのことでありますから妙法の化導も利益もないのであります。法華経は性具を説くを目的としてをりますが、実にはその事用を明らかにするのにあります。それ故寿量品に報身の開顕をなされ報身中の三身を説き明かされたのであります。此れが法華経の談道でありましてまた寿量品の目的であります。いま事の一念三千と申しますと必らず仏の躰がなくてはなりません。仏と申し上げれば報身に於て簡ふことができるのであります。此の人の仏がましまして初めて迷悟因果の妙法の事体が成り立つのであります。それ故報身中の三身を立てるといふことが大事大切になるのであります。久遠本有の妙法蓮華経は大聖人の具有し玉ふところであります。大聖人はその御境界を観心の本尊として建立し玉ふたのであります。くれぐれも此の報身を離れた妙法を以て御本尊と考へてはならないのであります。

以上申述べましたやうに寿量品に指標し玉ふ御本尊は久遠元初の自受用無作の三身の南無妙法華経の如来でありまして本因妙、下種益、事の一念三千の御当体にましますのであります。而して此の南無妙法蓮華経は神力品に於て上行菩薩が所有遊ばされることは明らかで即ち末法の日蓮大聖人であらせられます

それ故此の境智具合の御境界を観心の御本尊に建立し玉ふのであります。かくの如くでありますから法の御本尊は寿量品の文底の南無妙法蓮華経、人の御本尊は日蓮大聖人にあらせられるのであります。而して種脱相対して下種を本となすが故に大聖人を下種の御本尊と申上げるのであります。法華経の真義はかくの如くでありまして大聖人は此の予証に相応して御本尊を建立遊ばされて実証し玉ふたのであります。

日蓮大聖人は此の観心の御本尊を御文字の大曼茶羅として建立遊ばされてその相貌を次の如く御説示遊ばされてをります。

今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり、仏既に過去にも減せず未来にも生ぜず所化以て同体なり。此れ即ち己心の三千具足三種の世間なり。迹門十四品には未だ之れを説かず、法華経の内に於ても時機未熟の故か。此の本門の肝心の南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之れを付嘱し給ばず、何に況んや其の己下をや、但地涌下界を召して八品を説いて之れを付嘱し給ふ。其の本尊の体たらく本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏、多宝仏、釈尊の脇士上行等の四菩薩、文殊弥勒等は四菩薩の春属として末座に居し、迹化他方の大小の諾菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如し、十方の諸仏は大地の上に処し給ふ、迹仏迹土を表する故たり、是の如き本尊は在世五十余年に之れ無し。八年の間但八品に限る。正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉阿難を脇士と為し、権大乗並びに涅槃法華経の迹門等の釈尊は文殊普賢等を以て脇上と為す。此れ等の仏をば正像に造り画けども未だ寿量品の仏ましまさず。末法に来入して始めて此の仏像出現せし、むべきか。

観心本尊鈔

既に御文に於て明らかな如く久遠本時の己心の三千具足、三種の世間を本門の妙法の相貌と為し玉ひ寿量品の儀式を以て例示し遊ばされたのであります。此れは寿量品の儀は久遠元初の本より今日法華の迹を垂れ而して此の迹を開いて本を顕はし、此の本が顕はれれば一句の余法はないからであります。それ故寿量品の儀は儀でありましても久遠の三千三種の世間の相貌でありまして大聖人の観心の境であります。昔から此文に迷ひ寿量品の儀式を写されたものとして釈尊を中心とす本尊なるが如く妄断する人が多いが、此れは我見であります。御文の中に寿量品の仏と仰せ玉ふが故に報身開顕の釈尊を以て此の御本尊と拝しがちでありますが、そうではなく再三申しますが如く南無妙法蓮華経の事の一念三千自受用の仏が寿量品の仏にあらせられます。されば中央の妙法が主体でありましてその妙法に具足し玉ふところは十界互具三千三種一の世間であります。而して此れは大聖人己心の境にましますのであります。なほ此の御本尊の御義には重々の御深意があらせられることで、或は中央の妙法は十界の衆生が照し合はされて尊形を示さる、御姿であり、或は諸仏等が妙法を護念し玉ふ相貌でもあらせられます。或はまた付嘱の上からは大聖人を擁護し玉ふて御顕はし遊ばされたのであります。畢寛皆此れ大聖人観心の境であらせられます。

されば首題の五字は中央にかかり、四大天王は宝塔の四方に座し、釈迦多宝本化の四菩薩肩を並べ、普賢文殊等舎利弗目連等座を屈し、日天月天第六天の魔王竜王阿修羅其の外不動愛染は南北の二方に陣を取り、悪逆の達多愚痴の竜女一座をはり、三千世界の人の寿命を奪ふ悪鬼たる鬼子母神、十羅刹女等加之日本国の守護神たる天照太神、八幡大菩薩天神七代地神五代の神々、総じて大小の神祗等体の神列なる其の余の用の神農に漏るべきや、宝塔品に云く諸の大衆を接して皆虚空に在りと云云。此等の仏菩薩大聖等総じて序品列座の二界八番の雑衆等一人ももれず此の御本尊の中に住し給ひ妙法五字の光明に照されて本有の尊形となる是れを本尊とは申すなり。

日女御前御返事、

我れ五百塵点劫より大地の底に隠しをきたる真の弟子あり、此れに譲るべしとて上行菩薩等を涌出品に召し出さひ給ひて、法華経の本門の肝心たる妙法蓮華経の五字を譲らせ給ひて、あなかしこあなかしこ我が滅度の後正法一千年像法一千年に弘通すべからず、末法の始めに謗法の法師一閻浮提に充満して藷天怒りをなし彗星は一天仁亘らせ大地は大波のごとく踊らむ、大旱魃、大火、大水、大風、大疫病、大飢饉、大兵乱等の無量の大災難並び起り、一閻浮提の人々各々甲冑をきて弓杖を手ににぎらむ時、諸仏諸菩薩諸大善神等の御力の及ばせ給はざらむ時、諸人皆死して無間地獄に堕ること雨の如くしげからん時、此の五字の大曼荼羅を身に帯し心に存せば諸王は国を扶け、万民は難を脱れん、乃至後生の大火災を脱るべしと仏記しをかせ給ひぬ。

新尼御前御返事

此れ等の末法の時のために教主釈尊多宝如来十方の分身の諸仏を集めさせ給ひて一つの仙薬,を留め給へり所謂南無妙法蓮華経の五の文字なり、比等の文字をば法慧、功徳林、金剛薩垂、普賢文殊薬王観音にもあつらへさせ給はず、何に況んや迦葉舎利弗等をや、上行菩薩等と申して四人の大菩薩まします。此の菩薩は釈迦如来五百塵点劫よりこのかた御弟子とならせ給ひて一念も仏を忘れずまします大菩薩を召し出して授けさせ給へり。されば此の良薬を待たん女人等をば此の四人の大菩薩前後左右に立ちそひて此の女人立たせ給へば此の大菩薩も立たせ給ふ。

妙法曼荼羅供養事

一念三千の法門を振り濯ぎたてたるは大曼荼羅なり。

草木成仏口決

かように藷御ありに仰せられその相貌を御説示遊ばされてをります。此れ等の御義や相貌は法華経本門の八品に於て拝し奉ることができます此のことに就いて前掲の観心本尊鈔の御文に於て「是の如きの本尊は在世五十余年に之れなし、八年の問但八品に限る」と仰せられてをります。勿論此れは本門の八品は付嘱のために御説きなされたのでありまして付嘱せられ具有し玉ふ大聖人の御境界に於て仰せられるのであります。それ故に同御鈔に「但地涌下界を召して八品を説いて之れを付嘱し給ふ、其の本尊の体たらく云云」と仰せられたのであります。しかし八品はどこまでも付嘱のためでありまして寿量品に説き顕はされた御本尊に於て一念信解、妙行、弘通、付嘱の上に説き出されたのであります。

此れについて大聖人が「八品に限る」と仰せられ、また日女御前御返事に「此の御本尊は在世五十年の中には八年、八年の問にも湧出品より嘱累品まで八品に現はれ給ふなり」と仰せられてありますので大聖人の御本尊を八品所顕の御本尊であるといふ説がありますが此れは畢寛付嘱を忘れたところから起る謬見であります。八品に於て分別、随喜、法師、不軽、神力、嘱累等の諸品は付嘱のために説かれたのでありまして、付嘱の主たる御本尊は寿量品に説き出されたのであります。それ故八品に互つて御本尊はあらせられますがその所顕は寿量品にあらせられるのであります。またその説は御本尊の所在を本門の八品にをいてををますが、一度妙法付嘱のことが終ればその所在は大聖人にあらせられるのであります。故に八品は大聖人の御境界を説き示されたのにほかならないのであります。此れをもって大聖人が「八品の間に現はれ給ふ」と仰せ給ふを拝すべきであります。大聖人は御ありに次の如く仰せられてをります。

今此の御本尊は宝塔品より事起り寿量品に説顕し神力嘱累に事極て候しぞかし

新尼鈔

二仏座を並べ分身の諸仏集て是好良薬の妙法蓮華経を説顕し十神力を現じて上行菩薩に付嘱し給ふ

御義口伝

正像未だ寿量の仏有しまず末法に来入して此の仏像出現せしむべきか

観心本尊鈔

以上の如くでありますから寿量品の本尊でありますがその相貌等を御説きなさるに前の如く仰せ給ふたのであります。

大聖人の建立し玉ふ御本尊に就いて種々申し述べましたが之れは要するに、大聖人の建立し玉ふ御本尊は大聖人の御内証を大曼荼羅に建立し玉ひ、此れを観心の御本尊として末法の衆生に授け玉ふたのであります。此れが寿量品の指標し玉ふところであり、仏法の肝要は此にありまして一切の法門は此に帰趨するのであります。それ故大聖人は三大秘法鈔に次の如く仰せ遊ぱされてあります。

此の三大秘法は二千余年の当初地涌下界の上首として日蓮慥かに教主大覚世尊より口決相承せし也。

今日蓮が所行は霊鷲山の稟承に芥爾許りの相違なき色も替らぬ寿量品の事の三大事なり。

即ち大聖人の御内証御振舞は寿量品の指標するところに毫も相違がないと仰せ玉ふのであります。御本尊についお説示遊ばされた御鈔に、如来の滅後五五百歳に始む観心の本尊鈔と御題を遊ばされて末法の機のために御授げ遊ばされるを標し玉ふたのも御意は此にあります。此れについて法華経の教相によって本尊を立てそれによって観心の修行をする、此れが大聖人の教へであるといふのが一般自称日蓮門下の主張でありますが、此れは天台の余流でその範囲を出ないのでありす。それでありますから御本尊は霊山会の儀を写し、而して修行に於ては一品二半を唯題目の五字に略して唱ふのであると申してをりますが、此れは遠く大聖人の御法門とは隔つてをるのであります。

比等の輩は文上と文底と、種と説と、教相と観心との立て分けを知らないからであります。文上の寿量品とは本果脱益の釈尊―久遠を開顕して無殆を示すともーの辺を申すのであります。而して此れは釈尊結縁の衆生の観心であります。此の寿量品に於でまた本因下種事の一念三千を指標してをりますが、その指標される境妙を文底と申されるのであります。大聖人が「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり。竜樹天親知てしかもいまだひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり」と仰せられてをりますが、即ち此の文底であります。而して此の境は末法の機の観心であります。此れ機に種脱があるからであります。法華経によれば釈尊結縁の衆生は久遠に下種し中間今日調熟して法華経に於て度脱せられたのであります。然る末法の衆生は今日迄仏法―妙法を下種せられたことのない衆生であります。

此れ等の衆生には文底の妙法を下種すべきであります。今此の両者を相対しますと文上の寿量品は在世結縁の衆生には観心でありますが、末法の機のためには教相にほかならぬのであります。此に尚一重立ち入りますと釈尊結縁の衆生も帰趨するところは文底でありましてそれを雖脱在現具騰本種と申されるのであります。

一般秘蓮宗に於ては文上と文底とは文と意とであるといってをりますが此れは文底といふことがわからずに口真似をし自己の勝手に解釈してをるからであります。その根源は脱益の釈尊にあくまでしがみつくところにあるのであります。而して妙法蓮華経の理法を立ててその事相に於て種脱あるを知らず従で種本脱迹といふことも知らぬからであります。畢寛文底事行の一念三千を知らないからであります。此れによって一切の法門に迷ひ成仏の道を失ふのであります。

此の輩は御義口伝に「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」と仰せられた御文を拝してもそれは寿量品の文底観心からいふとそうであるが、それは我等行者と仰せられて大聖人御一人に限られてゐないのであって大聖人建立の寿量品の本尊とは別であるといふのでありますが、法華経の行者は大聖人御一人にあらせあれることは諸御ありに仰せられるところであります。末法の衆生は悪機逆縁の衆生であります。若し大聖人の御本尊を持ち信心決定するものは行者というとができるのであります。それは春属となることであります。末法の一仏は大聖人にましますので此のけじめを失ふことはできないのであります。

とにかく文上、文底、種、脱を相対して拝することほ大聖人の御法門の枢鍵でありまして諸御書に於て相対して遊ばされてあります。此のことをよくよく拝すべきであります。

扱て大聖人はその御本尊を建立遊ばされるに御文字を以て例示し遊ばされたのであります。

此のことは大聖人の御本尊が観心の御本尊であらせられることを領解し奉ればその御意をうかがひ奉ることができます。

観心の御本尊は大聖人の御内証である久遠元初自受用無作の三身―本因妙下種益の事の一念三千であらせられるが故に法華経の教相を以て御示し遊ばされることはできないのであります。即ち法華経の仏菩薩の形像を以ては畢寛教相本尊になるのでありまして十界互具三千の境を示すことはできないのであります。しかし下種の法躰は脱益金色仏像を以ては顕はし得ないのであります。尚此のことは法華経の意に於ても仏像を以て本尊とすることはないのであります。大聖人は本尊問答鈔に此のことを御説示遊ばされてをります。

薬玉在々処々に若しは説き、若しは読み、若しは誦し、若しくは書き、若しは経巻所住のとこるには皆応に七宝の塔を起て、極めて高広厳飾ならしむべし。復た舎利を安ずることを須ひざれ、所以は如何、此の中には巳に如来の全身います。

法華経法師品

此れは法華経一部を貫く精神でありましてそれ故天台大師も法華三昧懺儀に於て次の如く仰せられてをります。

道場の中に於て好き高座を敷き法華経一部を安置して亦未だ必ずし毛形像舎利並に余の経典を安ず須からず唯法華経一部を置く

法華経に於ては終始此の経典を受持する。等のことが説かれてあります。此れはまた仏法の大途でもあるのであります。釈尊の遺教であります涅槃経の如来性品には次の如くあります。

復次に迦棄菩薩の師とするところは所謂法なり。是故に如来恭敬供養す、法常なるを以って此の故に諸仏も亦常なり。

かような次第でありまりすから仏法に於ては法を本尊とするのが至極でありまして、これを以て大聖人も能生の法を本尊とし、所生の仏を本尊としないと仰せられてあります。

不空三蔵の法華儀軌は宝塔品の文によれり、此は法華経の教主を本尊とす。法華経の正意にはあらず。上に挙ぐるところの本尊は釈迦多宝十方の諸仏の御本尊、法華経の行者の正意なり。(補。上に挙ぐるところとは妙法蓮華経を以て本尊とすべしとの玉ふを指す)以て形像を以て本尊とすべからざるを拝すべきであります。此れに就ては世間には法華経の自我偈に「広く舎利を供養し」とありますから此の舎利を生身の舎利として乃ち生身を供養するを主張するものがありますが、此の舎利とは法身のことを指し給ふのであります舎利には法身生身、全身、砕身とがありまして自我偈にいふ舎利とは法身をいふのであります。此れについて大聖人は御在世中釈尊の一躰像を随身仏として御所持遊ばされたので、形像も差支へなしとする者がありますが此れは立像の釈尊像で頭陀行の釈尊であります。それ故此れは本尊と申すべきではありません。また大曼茶羅御本尊を建立遊ばされれば要らなくなるのであります。大聖人は御人減に当り此の釈尊像は墓所の傍らに立てをけ(宗祖御遷化記録)と仰せられてをります。此れが定義であります。或は御一代のうちに於て仏像をお認めなされたかの如きこともありますが此れは御化導の或る段階に於て仰せ玉ぶことで御正意ではないのであります。

然らば何故観心本尊鈔に寿量の仏と仰せられしか。此れは明らかに仏像ではないかと云ふ質問が出ますが、その寿量の仏とは仏像を以て示すのではありません。また釈尊でもありません。

それ故同御鈔の終りに次の如く仰せられてをります。

一念三千を識らざる者に仏大慈悲を起し、妙法五字の袋のうちに此の珠を裏みて末代幼稚の頸に懸けさしめ玉ふ

此れが寿量品の仏であります。二祖日興上人は次の如く仰せなされてをります。

聖人御立ての法門に於ては全く絵像木像の仏菩薩を以て本尊と為さず、唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊と為すべし、即ち自筆の本尊号なり

富士一跡門徒存知事

以て大聖人の御意は御文字の大曼茶羅を御本尊となし玉ひ、その然る所はかくの如くであります。

扨て以上に於て法華経に於て指標せられ、日蓮大聖人の建立し玉ふ御本尊は妙法蓮華経の人法一箇の御本尊で御文字の大曼荼羅であらせられることを申述べましたが、次に此の大曼茶羅御本尊を大聖人御一代の御化導の上から拝し奉らなくてはなりません。

凡そ仏の御恩召を拝し奉る上に肝要なことは仏は凡夫を御化導なさる上に教を垂れ給ふといふことであります。此のことは特にとり立てて申すまでもない当然のことでありますがこの当然のことが忘れられがちであります。

仏の御本地、御内証を例示しなされるその御境地はまことに尊いのでありますが、その御境地にまで如何にして凡夫を至らしめ玉ふかといふことがなほ一層重大であり尊いところであります。仏法の根本は寧ろ此にあるのであります。仏の御内証は此の相関関係を至極と致すのであります。故に此のことを離れて御内証を拝するならばついにその至極の境に至ることはできないのであります。

日蓮大聖人の御一代の御化導の究寛におかせられては一閻浮提の衆生をして皆此の妙法蓮華経の大曼荼羅を持たしめ玉ふにあらせられたことは今更申すまでもないことであります。それが本門戒壇の建立の御教示であらせられます。大聖人は竜の口において発迹顕本遊ばされ、佐渡におかせられて観心本尊鈔を御述作遊ばされ末法の御本尊を御明示遊ばされたのでありまして、それより御弟子方や信徒の方々に御本尊を御授与遊ばされたのでありますが、此等の御本尊は御授げなされた弟子や信徒の方々を御導き遊ばされるための御本尊でありますから一機一縁の御本尊と申し上げるのであります。即ち一人一人へ御授け遊ばされた御本尊といふ意であります。

大聖人側在世の御弟子や信徒の方々は直接大聖人から御本尊を頂戴することができますが御滅後には頂戴することはできないのであります。しかし大聖人は末法万年の御化導を遊ばされるのが御本意であらせられます。此に一切衆生を御導き遊ばされる御本尊が建立せられなけぱならないのでありまして此のための御本尊を弘安二年十月に建立遊ばされ玉ふたのであります。此の御本尊はそれ故に一切衆生総与の御本尊と申し上げるのであります。即ち一切の末法の衆生のためにお授け下された御本尊であるからであります。而して此の一切衆生へ御授けの御本尊は本門戒壇堂安置の御本尊として建立遊ばされたのであります。本門の戒壇堂は仏の常住し給ふ霊鷲山であって仏法の根本道場であり、一切の衆生の信仰の中枢の場所であるからであります。かような次第でありますから大聖人の御在世と御滅後を通じ根本の御本尊は此の一切衆生総与の戒壇の大御本尊にましますのであります。一機一縁の御本尊はどこまでも一機一縁の御本尊であらせられるのであります。世間では此の一切衆生へ御総与の御本尊と一機一縁の御本尊と申すことを知らず御真筆御本尊であればいづれも大聖人の根本の御本尊と思ふのでありますが、此れは大聖人の御化導に直ちに浴する所以ではないのであります。従って大聖人の御法を正しく了解し奉ることはできないのであります。之れは他の宝を我が宝と思ふてをるのに異ならぬのでありましてその功徳推して知るべきであります。それ故大聖人を信仰し奉る者は普此の一切衆生総与の御本尊に帰依し奉って真に仏の御化導に浴することとができるのであります。

大聖人は此の一切衆生総与の御本尊即ち戒壇の御本尊を弘安二年十月に建立遊ばされためでありますが、此れは大聖人の信徒である熱原の方々が鎌倉藩府の弾圧に対して金鉄の如き信仰をもって遂に身命を捨て信仰を貫かれたので此の方々を対合衆として建立遊ぱされたのであります。故に御本尊に戒壇の願主弥四郎国重法華講衆等敬て白すと御銘記述ばされてをります。凡そ仏が法を御説きなさるのは必ず対合衆があっての上のことであります。寿量品は弥勒菩薩の再三再四の願ひによってはじめて説き出されてをります。大聖人は熱原の方々の身命を捨てて正法を護待し奉る至誠に対し御本尊を建立し玉ふたのであります。此のことについて世間には熱原の人々に御授与の御本尊であって一切衆生へ御授与の御本尊ではないといふものがますが、此れは熱原の方々を代表とし大聖人を信じ奉るもの、また将来信じ奉るものに対して御授与遊ばされたといふことを正しく理解しやうとせず逆に拝してをるから左様な偏見に堕するのであります。戒壇の願主の御銘記を拝して能く能く思惟し奉らなくてはならぬのであります。而して此の御本尊は血脈付法の二祖日興上人へ御相伝遊ばされて本門寺の戒壇仁安置すべきを御命遊ばれたのであります。此のことは日興上人の日目上人への御譲状によって明白に拝することができるのであります。その御文に「日興が身に宛て給はる弘安二年の大御本尊日日に之れを相伝す本門寺に懸け奉るべし」とあります。此れは大導師としての二祖日興上人に相伝遊ばされたのでありまして、もって一切衆生総与の御本尊にましますことを拝すべきであります又此れについて戒壇建立は国主の発願によみところであるから御本尊もその時に建立せられるのであるとの説が世間にありますが、此れは上述の如き道理の全体を弁へぬところから堕する偏見であります。戒壇堂建立と御本尊とは別であります。

近年に於て自称日蓮宗の中には大聖人の御本尊は釈迦如来でなく大曼荼羅にましますことに漸く気がついて来たものがありますが、此等の輩は依然自我に捉はれて何等か格別の大曼荼羅を押し立て自分達の立場を飾らうと努力してをります。乃ち佐渡始顕の大曼荼羅とか護国の大曼荼羅とか申して此等の大曼荼羅が恰も大聖人の根本の大曼荼羅の如くに吹聴致してをります。世間の人は何も知らないから之れに追随してをりますが、一度大聖人の御施化の次第を知ればその然らざる所以を知ることができます。第一に此等の大曼荼羅はその御建立遊ばされた因縁が猶未だ具備されてをりません。仮令は佐渡始顕の大曼荼羅に於て始めて図顕し玉ふところとありますが、所対がないのであります。前にも述べました様に大曼荼羅の御建立は御化導のためであります。そこにこそ感応利益を垂れ玉ふのであります。此のことは釈尊にをかれて始めに華厳を説かれ直途に御内証を御教示遊ばされ、終りに法華を説き玉ふたのでありますが、此の両経に於て円は同じでありますが化導に於て華厳は法華に劣るのであります。此の相違は結局両経の教理の勝劣となるのでありまして此れと同じであります。法華によって華厳を劣となすものが佐渡始顕といって始顕を立つることは道理に暗いか我執によるものといはざるを得ないのであります。尚これと同じ考へ方に、明年大聖人の開宗七百年に当り世間には大聖人は清澄山に於て題日を唱へ開宗を宣言遊ばされたから彼の山に於て御報恩を行ふことが尤も意義があるといふのがありますが、宣言を遊ばされたことと宗体を確立遊ばされたこととに於ては宗体の確立に重点がなげればなりません。開宗の御報恩法要は此の重点の処に於てなされねばならないのは理の当然であります。即ち戒壇の大御本尊の安置の霊場に於て御報恩申上げてこそ真の意義があるのであります。

第二にはそれ等の御本尊には付嘱の儀が明かでないのであります。佐渡姶顕の大曼荼羅に於て其他の大曼荼羅に於てもいずれも如何に御付嘱遊ばされたかと尋ねますに全くそれがありません。是れを以て大聖人の御恩召を拝すべきであります。大聖人が一切衆生へ総与の御本尊は唯、二祖日興上人へ御相伝の戒壇の大御本尊に限るのであります。

第二に三大秘法の中の本門の戒壇について申し述べますると日蓮大聖人は三大秘法抄に於て次の如く仰せ遊ばされてをります。

戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて、有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべきものか、時を待つべきのみ事の戒法と申すは是なり、三国並に一間浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず大梵天王帝釈等も来下してふみ給ふべき戒壇なり。

御文を拝しますると戒壇とは特定の場所でありまして即ち大聖人の仏法の中心道場をお指し遊ばされてをることが明らであります。尚此のことについては二祖日興上人への御付嘱状である一期弘法妙には次の如く仰せられてあります。

日蓮一期の弘法白蓮阿闍梨日興に之れを付嘱す。本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれぱ富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ、事の戒法と謂ふは是れなり。就中我門弟等比の状を守るべきなり。

此の御文を拝しますれば前の特定の場所は富士山をお指し遊ばされてをるのであります。此れをもって本門の戒壇とは大聖人の仏法の中心道場であって、而してそれは富士山に建立すべきであるといふことを拝承できるのであります。

今此れについて一歩立入って拝しますと先づ戒壇といふことであります。普通一般には戒壇と申しますると授戒の場所をいふのであります。仏法に帰依してその教を信行致さんとするものは、先づ定められた戒律の実行を仏に誓ふのでありますが、その作法を行ふ場所が特別にありましてその形も仏法の義によって造られるのであります。

戒壇の起源に就いては印度に於て釈尊の時楼至菩薩の申出に依って砥園精舎の外院の東南に,設けられたのが始めであるといふことであります。支那に於ては南宋の文帝の時に求郡践南林寺に戒壇建立したのが始めでその後諸方に建立されたのであります。また日本に於ては聖武天皇の御時奈良の東大寺に鑑真和尚が設けたのが始めて、その後淳仁天皇の御時筑前の観世音寺、下野の薬師寺に設けられ、更に淳和天皇の御時に比叡山延暦寺に戒壇を置くことになったのであります。

此の戒壇に於て戒律を受持することを誓ふのでありますが、その戒律に小乗戒と大乗戒とがありますので小乗戒を授けるところを小乗戒壇、大乗戒を授けるところを大乗戒壇といって区別せられるのであります。

少しく戒のことに就いて述べますると戒とは悪を止めて善をなさしめるために定められた制度でありましで此れに五戒、八斎戒、十戒、四十八戒、二百五十戒、五百戒、と申して在家の人の持つ戒、出家に於て比丘比丘尼の持つ戒といふ風になつてをります。

十戒といふのは下の如き戒目であります。

1、不殺生戒 2、不偸盗戒 3、不邪淫戒 4、不妄語戒 5、不飲酒戒(以上5戒) 6、不着華香鬘不香塗身戒 7、不歌舞倡伎戒 8、不坐高広大牀戒 9、不非時食戒 10、不捉持生像金銀宝物成、此れ等の戒を一層子細にしかも広く制法を立てるのが二百五十、五百等の戒であります。かような戒は小乗教に於て立てられてをりますから、小乗戒といふのであります。此れに対して悪を止めるといふことから一歩進んで善いことをするといふ見地から、即ち他を利するといふことから戒を立てるのが大乗戒でありまして、此れに於ては小乗戒を摂律儀戒として更に教法に従って自ら修養するを目標とする摂善法戒、他に対し利せしむるを目標とすを摂衆生戒を立てるのであります。此れを三聚浄戒といってをります。小乗教に於ては煩悩の欲心を去って空の境地に入ることを志すので自ら悪を防止することに主眼ををき、大乗教に於ては仏の如く円満なる人格になり、また他を利することを目的と致しますからかように戒を立てることが広くなってくるのであります。而して大乗教に於ても権大乗の教による宗は律儀戒は小乗と同じでありましてその上に大乗戒を受けるのであります。実大乗の教によりますものはいよいよ仏の因行に志しますから此れに相応する大乗の律儀戒を立てるのであります。戒に就いては種々の義がありまして俄かに申し述べることはできないことであります。

扨て以上の如くでありまLて一般仏教に於ては戒壇と戒法とは別であります。然るに日蓮大聖人の仏法に於ては此れは一つでありまして畢寛戒壇といふことになるのであります。日蓮大,聖人は三大秘法口訣に於て次の如く仰せられてをります。

本門寿量の大戒

虚空不動戒

名ク無作ノ円戒ト

名ク本門寿量ノ大戒壇

即ち本門寿量の大戒を大戒壇と名づくと仰せられるのであります。然らば何故かように相成りますかと申すに、大聖人の仏法におかせられては本門の大本尊を受持し奉ることが大戒でありますから此れを御本尊の安置の上からは戒壇になるのであります。衆生が受持し奉る方は本円戒、三大秘法の御本尊の方からは戒壇であります。而して此れは受持と受持されるの関係でありまして一つであります。それ故に三大秘法抄に於かれて戒壇建立をお指し遊ばされて「事の戒法と申すは之れなり」と仰せられたのであります。

此のことに就きまして世間に於ては一般仏法に於ける戒壇と戒法の別なるにならって大聖人の御法もまたそうであると誤解してをります。此れらの輩は多く戒壇を軽んじ戒法を主としてその戒法は題日を受持口唱するにあるといって在ります。また極めて少数ではありますが、御本尊の受持を戒壇と解釈する句もありますが此れ等も結局は題目を唱ふることとしてをります。此等は皆誤りの甚しきものであります。

既にかくの如く戒壇とは御本尊の受持にありますが、御本尊と申しますれば前に述べました如く、弘安二年の一切衆生に総与の大御本尊が三大秘法の至極の御本尊でましますので、此の大御本尊様を御安置申上げるところを本門の戒壇と申上げるのであります。

日蓮大聖人は弘安二年の大御本尊様に御銘記述ばされて戒壇の願主弥四郎国重と御したため玉ふてあります。もつて戒壇の御本尊様にましますことは炳として明らかであります。しかもま多二祖日興上人は日日上人への御代嘱状に「日興が身にあてて給はる弘安二年の大御本尊を本門寺に掛け奉るべし」と仰せられてをります。此に本門寺とは戒壇の名称であります。前の一期弘法鈔を拝しますれば富士山に本門寺の戒壇を建立すべしとありますから明らかであります。

次に三大秘法鈔並に御付嘱状等上掲の御文に王法と仏法と冥合して国主が此の御法を御用ひの時は此の戒壇が建立せられる、それを事の戒法と申すと仰せられるのでありますからその時の戒壇を事の戒壇と申上げるのであります。従ってその以前は御本尊のましますところは義理一の上の戒壇と申し上げるべきであります。仍て此のところを義の戒壇と申上げるのであります。此れについてはまだ一般世間に於ては小乗戒が実際戒律を守ってそれを形の上に顕はしていきますから事戒といひ、大乗め方では教法を観念する上の制法でありますから事戒に対して理戒と申しますので、此れに順じて大聖人の戒は理戒であるとして事の戒といふことはあり得ないと申すものがありますが、此れも大聖人の御法に違ってをるのであります。繰返して申しますと大聖人の御法に於ては戒壇建立を事の戒法と致し従って其の以前は義の戒壇であります。而して御本尊を受持し奉るところが本円戒であり戒壇であります。

仍て本円戒に就いて少しく申述べますると、本円戒というのは本門の円戒ということであります。これは法華経の迹門によって立てられる円戒と区別して申すことであります。迹門の戒法とは天台大師、伝教大師等の方々が立てられました戒でありまして、法華経迹門の教によつておるのであります。迹門に於ては此の妙法蓮華経を持つことを指して「是れを戒を持ち頭陀を行ずる者と名づく」と説かれておりまして、経典を受持することを戒としてをります。而して此の経典を弘通する行軌と致しまして、直ちに如来の心を心とし慈悲、忍辱、あくまで教法に住して為すべきことを説かれ、又弘通に堪えないものは西安楽行と申してむしろ世間を避けて自らの行に精進すべきこと、他と争論するやうなことを避けるやうにせよと説かれてをります。此れ等の行軌を戒として立てるのが迹門の円戒であります。しかし天台に於ては之れになほ大乗経中の梵網経、瓔珞経等の十重禁戒、四十八軽戒、十無尽戒とを立て傍依の戒としてをります。更に広くは摂善法、摂衆生等の戒を取つてその完壁を期するのであります。此れは一方に妙法蓮華経を受持せしむるとともに他方人格未熟の者が堕入るべき悪業を止めしめるために採用せられるのであります。

仍て本門の戒とたりますと妙法蓮華経の受持の一行になるのでありまして、しかも此の受持に於ては義意ともに迹門と異るのであります。法華経の本門に於て分別功徳品の中に四信と五品といふことがありますが、此れが妙法の修行を説かれた御文であります。四信と五品といふことは妙法蓮華経を信じはじめてから修行を仕上る迄の道程に設けた位であります。此の位に於て其々修行の相が立てられてをるのであります。

四信といふのは 
1、一念信解、2、略解言趣、3、広為他説、4、深信観成であります。一は妙法蓮華経を信じ其の理を了解した位であります。二はその理をあらましではあるが口に出して言ふことができる位、三は広く他に向って説くことのできる位、四は深く信仰も徹底し悟りも完成された位であります。

次に五品とは1、直起随喜心、2、自受持説誦、3、勧他受持読誦、4、兼行六度、5、正行六度であります。1は妙法蓮華経を聞いて随喜の心を起こした位、2は妙法を受持し読誦する位、3は他の人に向って受持読誦を勧める人の位、四は受持読誦に加へて六度を修行する人の位、5は六度の行を主として付する人の位であります。六度といふは六波羅密のことで檀波羅密、戒波羅密、禅波羅密、忍波羅密、般若波羅密、精進波羅蜜とであります。布施と持戒と禅と忍辱と智慧と精進とで行とその勤修とをいふのであります。此等の行目を立てることは此れ等によって仏道の達成が期し得られるからでありましてそれ故此れを波羅密即ち度といふのであります。

今本門の修行の始は此の四信のうち一念信解、五品の方では直起随喜心にあるのであります。而して更に此れを分別致しますと一念信解といふは信仰の心は起したが猶未だ教義を理解しないところが最初であります。また五品の方では五十展転といつて妙法の有難いことを次ぎ次ぎに語り伝へて第五十人日に伝へ聞かされた人から始まるのであります。此の位のことに就いては幾つかの立て方がありまして、信ずるといふことが、教へが了解されて不動の信仰が確立されたところとするか或は理解はされてをらないがとにかく信仰の心が起ったところとするかといことであります。此れについて聖祖は天台の言葉を引いて次の如く仰せられてをります。

天台妙楽の二人の聖賢比の二処の位を定むるに三つの釈あり。所謂或は相似十信鉄輪の位、或は観行の五品の位、未断見思、或は名字即の位なり。止観は其の不定を会して云く仏意知り難し機に赴いて異説す。此れを借りて開解せば何んぞ労しくむ苦に争はん云々等。予が意に云く三釈の中に名字即は経文に叶ふ歟(や)       四信五品抄

かように論断遊ばされて前に述べましたやうに無解有信、第五十人の随喜心の位をとって行の始としてをります。而して此の位の者は唯信じて受持すること、此れが行になるのでありましてその行を行ずるところが戒となるのであります。此の位に於ては後この位に於て行ぜられる六度等の修行はどう扱はれるかと申しますと、それ等は制止して行ぜしめないやうにし一向に南無妙法蓮華経と唱へしむることが肝心であって此れが経文の心であると仰せられてをります。聖祖は四信五品鈔に次の如く仰せられてをります。

文句の九に云く、初心は縁に紛動せられて正業を修するを妨げんことを畏る。直ちに専ら此の経を持つは即ち上供養なり。事を廃して理を存すれば所益弘多なりと。此釈に縁と云ふは五度なり。初心の者が兼ねて五度を行ずれば正業の信を妨ぐるなり。警へば小船に財を積んで海を渡るに財とともに没するが如し。直ちに専ら此の経を持つとは一経に亘るに非ず、専ら題日を持ち余文を雑へず、尚一経の読誦だも許さず何に況んや五度をや。事を廃し理を存ずといふは戒等の事を捨て題目の理を専らにす云々。益するところ弘く多しとは諸行と題日と並び行ずれば所益全く失ふ云々。

此の御文によって拝しまするに初心に於ては事の戒をさしをいて題目を受持せよといふが経の意であると仰せれるのであります。而してまた習が理の戒であるとの御意でもあります。初心の者に於ては以上の如くでありますが、然らば後この位に於てはどうなるかと申ますと、既に一念信解に於て信より入り段々了解を深めて終りは唯信におさまるのであります。即ち始終信であります。而して此れを法の上から申しますと妙法蓮華経は仏の境地であらせられます。それ故此の境地を信じてその一体のところに於て振舞ふ行動は仏の行動であります。それは仏因といひ仏果といひ至極は一であります。かよう次第でありますから作々発々と振舞ふところは皆仏因の行であります。六度といふ此の行動を因位に於て分別したものに他ならぬのであります。帰するとろは皆悉く妙行の一行であります。此の上から後々の位を見事れば位や行は設けてありましても通じて一つであります。かくて全般から此の位と行とを見ますれば始終共に受持読誦を骨頂とし他はその上の施設であります。茲に妙法蓮華経を受持することが行動の上の重大なる要件となるのでありまして此れが戒となるのであります。即ち是経を持つを持戒の者と名づくといはれるのは是れによるのであります。次に然らば是の経を能く持つといふ是経とは何を指し玉ふやといふに経文の一往の上から申しますれば神力品に於て明らかなる如く滅後末法の時上行所伝の南無妙法蓮華経であります。而して此の南無妙法蓮華経とは日蓮大聖人の観心の妙法即大曼茶羅であらせられるのであります。故に三大秘法口訣に神力品の応に斯経を受持すべしの文を釈し玉ひて、受持すべしとは持戒清潔、作法受得の義と仰せ玉い、斯経とは三大秘法の中の本門戒と釈し玉ふてをります。而してその上の一乗に住すの一乗を本門寿量の本尊と仰せ遊ばされてをります。此等の御文によって本門の円戒は大本尊を受持し奉るところにあるのでありまして、従って此の戒法を戒壇と申されるのであります。

上述の如く本門に於ては仏法の理解がなく唯法を聞いて随喜して信仰の心を生じた者の位から本門の修行が始るとして此れを因行と致しますが、此れは本門に於て仏の境地を説かせられるのが全く真実であるからであります。爾前迹門の仏は始成正覚の仏でありまして即ち種々に修行をして仏の道に合し、その上で仏に成ったのであります。然るに本門に於て久遠が開顕されますと久遠已来法華経に到る中間の振舞は皆仏の所作であったのであります。此の境地に於て衆生の行動を判断致しますと行動そのものの形は十界でありまして仏と同じであります。相異るところは自覚の上に毫も其の時と処とにもとらない行動であるか、自覚もなく適当でない行動であるかといふことに他ならないのであります。それ故その行躰からいへば一切の衆生の行躰を仏因と許されるのであります。此のことを大聖人は次の如く仰せられてをります。

教いよいよ実なれば位いよいよ下れりといふ釈は此の意なり。四昧三教よ円教は機を摂じ、爾前の円教より法華経は機を摂じ、釈門より本門は機を尽すなり。教いよいよ実なれば位いよいよ下しの六字に心を留めて案ずべし。

四信五品鈔

既にかくの如くでありますから本門に於ては、爾前釈門の種々の戒は立てる必要がないのであります。此に於ては一切の行動をどう規律づけるかといふことでなく、仏として如何に行動すべきかといふことであります。今日世間に於て道徳の説をなすものがカントの説によって自律的とか他律的とか申しますが、此れは自分の道徳的意識によって自分の行動を律し決定してゆくと他の外部のいふところ隋て行動してゆくとのことであります。此れに於て自律的なことは道徳的意識によるのでありますが、此の意識は皆一切の人が具有してをるところであります。しかし乍ら此の意識が如何にして起るか、また如何なる判断を下すかといふことは重大なことであります。本門に於てはそのために久遠の仏に結縁してその姿相に於て此のことを為さしめるのであります。故に若し久遠の仏を信じ奉り一如の境地に住する時は自律的行動となるのであります。此れ反し爾前の諸経に於ては一切の人に仏性をみとめず、また釈門に於ても未だ今日の本果上の仏でありますから衆生は仏の境地の一分も認めらないいのであります。それの境地を基準としそれを規律として戒目を立てるのであります。所謂他律的であるのであります。此のことは本門に於ても文上は同じであります。文上は久遠を開顕されてはをりますが依然本果の上のことでありますから同じであります。一度文底久遠の本因の境地に到りますと九界の衆生と仏とは行体は一になるのであります。其の相違は自己の尊厳を知って慈悲の上の行動であるかどうかといふことに順ずるのであります。それ故此に於ては最早行体の上に一定の戒目を立てる必要はないのでありまして、確信によって自己が妙法の当体なることを確証することであります。

かくの如き義理からして本門に至れば爾前、迹門の戒は廃されて立てることをしないのであります。此れについて此等の戒を立てないといふところから一切の戒をむしろ否定したり、また其れに対して批難したりする論議を聞くのでありますが、此れは爾前、迹門の戒を捨てるのでありまして何をやっても構はないといふのではありません。此れは本来の精神をよく理解せずして唯末法無戒という言葉に捉はれるからであります。

既に仏の境地に住せんとするものは世間に処して他を導き又他より導かれることを心掛けるのでありますから、その精神に住して行動されるのであります。しかし若し信心未熟のもの、劣ったもの、或は時の動き等によっては別解脱戒を適当に用ひる必要はあるのであります。

此のことについては日興上人が五人所破抄に次の如く仰せられてをります。

波羅提木叉の用否、行住四威儀の所作は平嶮の時機に随ひ、持破に凡聖あり、若し爾前迹門の戸羅を論ずれば一向に制禁すべし、法華本門の大戒に於ては何んぞ又依用せざらん哉。

波羅提木叉とは別解脱戒と訳され二百五十等の具足戒のことを申すのであります。行住四威儀とは行・住・座・臥の四つの形容であります。御文の意は此等の戒を用ひるかどうかといふことは、時機や機根によって判断されて適当にすべきものとのように拝察されます。此れは戒を立てどこまでも守ってゆくといふのでたく此れらは必要あれば適当に用ひると申されるのであります。尚御文の中の戸羅とは戒であります。即ち爾前、迹門の教による戒は一切捨てよとの仰せであって一途に本門の大戒を持ってしかも凡ての所作に於ては適当に行動し時と機根によっては別解脱戒や三千の威儀を斟酌してゆけとの御意であります。日興上人の此の仰せを以て大聖人の御教へを拝すべきであります。

以上は戒法についての大略でありますが此の戒法は南無妙法蓮華経の仏身であり、因行果徳の二法を含ませられるが故に直ちに行体の上にその功徳を受くることができるのであります。而して此の戒躰は受持口唱によって発し三世にわたるのであります。日蓮大聖人の教行証御書に次の如く仰せられてあります。

彼の律宗の者どもが破戒なる事、山川の頽るるよりも尚無戒なり、成仏までは思ひもよらず、人天の生を受くべしや。妙楽大師云はく、若し一戒を持てば人中に生ずることを得、若し一戒を破れば還て三途に堕す。其の外斎法経、正法念経等の制法、阿含経等の大小乗経の斎法斎戒、今程の律宗忍性が一党誰れか一戒をも持てる、還堕三途は疑ひなし、若は無間地獄にや落ちんずらん、不便なんど立てて宝塔品の持戒行者是れをののしるべし。其の後良あって此の法華経の本門の肝心妙法蓮華経は三世の諸仏の万行方善の功徳を集めて五字と為せり、此の五字の内に豈に万戒の功徳を納めざらんや。但し此の具足の妙戒は一度持って後、行者破らん之すれども破れず。れを金剛宝器戒とや申しけんなんど立つべし。三世の諸仏は此の戒を持って法身報身応身なんど何れも無始無終の仏に成らせ給ふ。此れを諸教の中に於て之れを秘して伝へずとは天台大師は書き給へり。

此の御文を拝しますれば此の妙法蓮華経の妙戒に於ては一度持てばその戒躰は三世に壊れることはないのであります。此れに対して他の諸の戒は若し破ることがあれば、その戒体は壊れるのであります。此れは何故がと申せば妙法の戒は十界倶に妙法であって、若し此れを捨て地獄に堕つるともやがては必らず妙法に帰するに定まってをりますから、それからいって妙法の地獄であります。此のことは法華題目鈔に次の如く仰せられてをります。

問ふて云く法華経の意をもしらず義理をもあぢははずして只南無妙法蓮華経と計り五字七字に限で一日に一遍、一月乃至一年十年一期生の間に只一遍なんど唱へても、軽重の悪に引れずして四悪趣におもむかず、ついに不退の位にいたるべしや。答へて云くしかるべきなり。

此れは妙法を受持した上は信謗共に妙法のうちにあるからであります。此れに対して他の諸の戒は仏家の基本的条件でありますから、その一を破れば無間地獄に堕るのであります。しかも此の戒は日常に於て到底持ち難いのであります。殊に時代の推移に於ては此れは不可能なことはいふまでもないことであります。

法華本門の大戒は前に述べました如く大御本尊を受持し奉ることでありますから此れを戒壇と仰せられるのでありますが、大聖人は広く此の妙法が受持されまして国家的に戒壇が建立せられるその戒壇を本門の戒壇と仰せられましたことは三大秘法鈔によって明白であります。それ故三大秘法の本門の戒壇とは一にそのことであらせられると拝さなくてはならないのであります。戒と申しますれば個人の行動の規律でありますが此に於ては国家的の戒壇が戒法になるのであります。もとより本門の戒壇と申すことは迹門の戒壇に相対するのでありますが、かようなところから参りますからして其の義は全く異って参るのであります。一般に戒壇は受戒の作法の場所でありますが本門の戒壇は大御本尊安置の場所であるのであります。而して信行の中心の道場となるのであります。此れについて世間では依然本門の戒壇とは唯作法の場所としたり、或は信行の中心道場とのみ考へてをりますがそれは猶未だ到らぬのでありまして、此等の義は大御本尊によって定まるのであります。世間では大聖人の御施化の究寛か大御本尊にあらせられるといふことを知らないから戒壇がわからないのであります。若しそのことがわかれば一切衆生に総じて御授与の御本尊がなくてはならないといふことがはっきりすることができる筈です。而して又その大御本尊の安置の場所がなくてはならず、従て其の処を戒壇と称せられることも了解し奉ることができる筈であります。

本門の戒壇はかような御恩召によるのでありますから大聖人は弘安二年十月に大御本尊を建立遊ばされたのであります。故に御本尊に戒壇の願主弥四郎国重と御銘記述ばされたのであります。

扨て戒壇の場所でありますが三大秘法鈔には霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立せよと仰せられてありまして、何処とも御指し示しかありませんが、二祖日興上人へは冨士山に本門寺の戒壇を建てよと御遺付遊ばされてをります。此れは戒壇は国家的のことでありますから其の指示によるを立前と致しますから三大秘法鈔にはその場所を御指し示し遊ばされなかったのであつて、しかしその撰定に於ては大聖人の御恩召を土台として撰定せらるべきは当然でありますからそのために二祖日興上人に御遺付があったと申されるのであります。

日蓮大聖人が戒壇建立の場所を何故冨士山にせよと仰せ給ひしかと申しますれば、最勝の地であるからでありまして、此れについて二祖日興上人の門徒存知事によりますと、駿河富士山は是れ日本第一の名山なりと仰せられてをり、また五人所破抄には次の如く仰せられてをります。

次に日本と云ふは惣名なり、亦本朝は扶桑国といふ、富士は郡の号なり即ち大日蓮華山と称す。爰に知んぬ先師自然の名号と妙法蓮華の経題と山州共に相応す、弘通此地にあり。遠く異朝の天台山を訪へば台星の所居なり、大師彼の深洞を卜して迹門を建立す、近く我国の大日山を尋ぬれば日天の能住、聖人此の高峯を撰んで本門を弘めんと欲す、閻浮第一の富山なればなり。

更に日寛上人は文底秘沈抄の第二戒壇篇に於て戒壇を御教示遊ばされるに、道理と文証と遮難との三門に約して仰せられてをりますがその道理の門に於て、1、富士山は名山なるにより、2、王城の丑寅の方角に当り、3、大日蓮華山と称することを以てその義を敷衍してをられます。此の中に丑寅の方角といふことに就いては大聖人の弘安二年四月二十日の上野殿御返事の御文に次の如く仰せ玉ふを挙げてをられます。

仏法の住所鬼門の方に三国ともにたつなり、此等は相承の法門なるべし。

此れを以て拝察致しますれば此の方角といふことは大事大切なことでありまして尚御ありの此の上の御言葉に「三世の諸仏の成道は子丑のをわり寅のきざみの成道也」と仰せ玉ふてありますからよくよく心をひそめて拝すべきであります。

此の富士山に本門寺の戒壇を建立するといふことについて他門流に於て異見をさしはさみ種々の説が行はれてをりますが、此等に対し日寛上人は一々の説を挙げて破折してをります。今その主次るものを見ますに、第一に日蓮大聖人は御在世に身延山は霊鷲山であると仰せられてをるから身延山を戒壇の地とすべきであるとの説がありますが、此れは大聖人が御住居ひ遊ばされるといふことの上に霊鷲山と仰せ給ふたのであります。その御文を拝すれば明かであります。

其の上此処は人倫を離れたる山中なり。東西南北を去りて里もなし。斯るいと心細き幽窟なれども教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり、されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処たり、舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし、かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば何でか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し、人貴きが故に処尊しと申すは是なり、神力品に云はく若しは林の中に於ても若しは樹の下に於ても着しは僧坊に於ても乃至般涅槃し給ふ云云。  (南条殿御返事)

御文は即ち大聖人が住はせ給ふによって霊鷲山と仰せられたのであります。乃ち義の上からであります。此れに対し富士山は土地の実際の上から仰せられたのであります。しかも大聖人は「地頭波木井不法なれば我が魂身延山に住まず」と御遺言遊ばされ(日興上人美作房御返事参照)はたせるかなその不法が起ったのであります。然らば義の上にも霊山とは申せないのであります。まして日興上人は大聖人の御当躰御魂たる大御本尊を富士に御移し申上げたのでありますから、人貴きが故に処尊しの仰せも富士にあるのであります。

或はまた大聖人は「墓所は身延に建てよ、未来迄も心は身延の山に住むべし」と仰せ給ふを以て霊山は身延なり、といふものがありますが此の御言葉のありましたのは九箇年の間御住居遊ばされたのは波木井氏の志によるのでありますから、その志にお酬ひ遊ばされる上に仰せられたのでありまして、しかもなほ身延山を日興上人へ御付嘱遊ぱされるその前提の上に仰せ給ふたのであります。日興上人の美作房御返事に次の如くありますがよくよく拝すべきであります。

地頭の不法ならん時は我も住むまじき由御遺言(日蓮大聖人の御遺言)には承り候へども不法の色も見へず侯、其上聖人は日本国中に我を待つ人無りつるに此殿ばかりあり、黙れば墓をせんにも国主用ひん程は尚難こそ有んずればいかにも此人の所領に臥すべき御状侯しこと日興へ賜はつてこそあそばされて侯しか。

此の御手紙は弘安七年十月十八日でありまして大聖人の第三回の御忌の直後でありますから波木井氏の謗法の起る以前であります。此の御手紙によつて上述の御消息をうかがふことができます。一度不法が起れば大聖人は住ませ給はず、しかも日興上人は御灰骨を富士に御移し申し上げたのでありますから身延御住居のことは一切帖消しになつたのであります。此等のことは日蓮大聖人の信仰を致す程の者は皆よく心得なければならないことであります。

此の外に富士戒壇に反対するものが種々の義を立てますが、それ等は皆大聖人の御教をよく知らず誤った解釈をしてをるから戒壇についてもまた全く見当がはづれたことをいってをるのであります。二祖日興上人への御代嘱書三大秘法鈔等を我見我執を去って拝見し奉れば曲直は自ら明かになるのであります。此点特に声を大にして世の人々に申さなければならぬと考へるところであります。

扨て次に本門の題目について述べますると題目といふは題目を唱へることでありまして即ち妙法蓮華経の修行であります。題目と申しますと通途には法華経の題号であるとして法華経二十八品を持ち易くその首題をお指しなさるものと解釈されてをりますが、そうではなく題目を唱へることであります。而して唱題の行は信ずることを根本となすが故に題目とは信と行とになるのであります。即ち南無妙法蓮華経の御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱へることであります。

先づ初めに法華経の題号ではないといふことを申しますれば勿論其の名その文字は同じであります。しかし乍ら其の義は別であります。日蓮大聖人の御書を拝しますれぱ法華経の題号を御取りになるかの如く御恩召しを例示し遊ばされてをる御文がありますが、此れは三大秘法を分けて御説きにならず、なほ天台の義に附順して仰せ遊ばされたのであります。既に大聖人は三大秘法を究寛と遊ばされますが故に此の三ツの秘法を分けて例示し遊ばされるのが至極であります。また大御本尊を建立遊ばされた上から題目と仰せ玉ふもその義は別でありますことは明かであります。

問うて云はく、題目計りを唱ふる証文これありや、答へて云はく妙法蓮華経の第八に云はく、法華の名を受持せんもの福量るべからず。正法華経に云はく若し此経を聞きて名号を宣持せば徳量るべからず、添品法華経に云はく、法華の名を受持せんもの福量るべからず等と云々、此れ等の文は題目計りを唱ふる福計るべからずと見えぬ。一部八巻二十八品を受持読誦し随喜護持するは広なり。方便品寿量品等を受持し等するは略なり、但し一四句偈乃牽題目計りを唱うる者を護持する要なり、広略要の中には題目は要の内なり乃至先づ妙法蓮華経の五字に一切の法を納むる事をいはば経の一字は諸経の中の王なり一切の群経を納む。(法華題目鈔)

問ふ汝何ぞ一念三千の観門を勧進せずして唯だ題目計りを唱へしむるや、答へて云はく日本の二字に六十六国の人畜財を摂尽して一も残さず、月氏の両字に豊豈に七十箇国なからんや、妙楽の云はく略して経題を挙ぐるに玄に一部を収む、又云はく略して界如を挙ぐるに具に三千を摂ず。文殊師利菩薩、阿難尊者三会八年の間の仏語之れを挙げて妙法蓮華経と題し次ぎ下に領解して云く、如是我聞と云云。問ふ真義を知らざる人唯だ南無妙法蓮華経と唱へて解義の功徳を具するや否や、答ふ小児乳を含むに其味を知らざれども自然に身を益す、耆婆が妙薬誰れか弁へて之れを服せん。水心なけれども火を消し、火物を焼く豈に覚あらんや、竜樹天台みな此の意なり重ねて示すべし、問ふ何が故ぞ題目に万法を含むや、答ふ、章安σ云はく蓋し序王とは経の玄意を叙す、玄意は文心を述す、文心は迹本に過ぎたるはなし、妙楽の云はく、法華の文心を出して諸教の所以を弁ず云云。濁水心なけれども月を得て自ら清めり、草木雨を得て豈に覚あって花さくならんや、妙法蓮華経の五字は経文にあらず真義にあらず、准だ一部の意なるのみ、初心の行者其の心を知らざれども而かも之れを行ずるに然に意に当るなり。(四信五品鈔)

如是我聞の上の妙法蓮華経の五字は即ち一部八巻の肝心、亦復一切経の肝心、一切の諸仏菩薩二乗天人修羅竜神等の頂上の正法なり(報恩抄)

比等の御書を拝しますれば法華経の題号をばお指し遊ばされて題目と仰せ遊ばされたことは明らかでありますが、此等は三大秘法の上に仰せられたのではないのであります。而も天台の義分によって仰せられたのであります。之に就き日寛上人は次の如き御教示を垂れてをります。

如是我聞の上の妙法に略して二義有り、一には就法、二には功皈なり。初め就法に於て二意を含む、一には名通、二には義別なり。記八妙薬云く略して経題を挙るに玄に一部を収む、略挙経題は即是れ名通なり玄収一部は是義別なり云云(報恩鈔文段)

かくの如き大聖人の御教示のある所以は一往妙法蓮華経の法に就いて仰せられるからで、即ち法の名は通じて同じことであるからであります。而してまた此の法華経は印度に出現し玉ひし釈尊が説かれたといっても此の妙法は三世の諸仏が皆証得し玉ふところであって本地甚深の奥義であるからであります。然るに再往義を以て之れを判じますれば別であります。大聖人の仰せられる妙法は寿量品の肝心文底の妙法であります。此のことはまた諸御書に仰せ玉ふとこるであります。いま二三を拝しますれば次の如くであります。

一切経の中に此の寿量品ましまさずば天に日月のなく、国に大王のなく、山海に玉なく、人に精神無からんが如し、されば寿量品なくしては一切経徒事なるべし、根なき草は久しかちず、源なき河は遠からず、親なき子は人に賤まる、所詮寿量品の肝心南無妙法蓮華経こそ十方三世の諸仏の母にて御座し候へ(寿重品得意鈔)

世尊眼前に薬王菩薩等の迹化他方の大菩薩に法華経の半分、迹門十四品を譲り給ふ、これは又地涌の大菩薩末法の初めに出現せさせ結ひて本門寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に唱へさせ給ふべき先序のためなり、所謂迹門弘通の衆は南岳天台妙楽伝教等是れなり、今の時は世既に上行菩薩等の御出現の時剋に相当れり。(下山御消息)

所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず、末法の初めは謗法の国にして悪機なるが故に之れを止めて、地涌下界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給ふなり。(観心本尊鈔)

此れ等の御書を拝しますれば大聖人の妙法五字は寿量品の肝心であらせられることは明らかであります。此の寿量品の肝心と仰せられるのは義が別なるによって仰せられるのであります。若し義によって法華経を拝しますれば一経の中に於ても迹門は開権顕実の妙法でありまして本門は開迹顕本の妙法であります。同じ二十八品の中ではありますが義は別であります。故に妙楽大師は豈是の如きの妙中の妙等の名を以て能く法体を定めんや、是の故に須らく名の下の義を以て之れを簡別すべしといはれてをるのであります。今大聖人の妙法は寿量品の肝心でありまして即ち法華一部脱益なるに対し文底下種の妙法であります。此れについてとかく種脱は機にあって法にはないとして法華経は本迹共に不思議の実相は一つであると申して、此れが大聖人の立て玉ふところと考へられますが、観心の大教に於ては機に於て実相が立つのであります。一往教相によって理を得れば機に於て実相を立てるのであります。此れがまた法華経の義であります。故に妙薬大師は離脱在現具騰本種と釈をなされてをります。元来法華経によって妙法の体があるのではなく、久遠本有の体を説き顕はされたのが法華経でありまして釈尊結縁の脱益の機の為の教説であります。末法本未有善の機の為の法華経は久遠下種の名字の妙法に帰入せしめられるにあるのであります。故に日寛上人は次の如く仰せられてあります。

須らく知るべし文は則ち一部の始終能詮か文字、義は則ち所詮の迹本二門の所以、意は則ち二門の所以皆文底に帰す、故に文底下種の妙法を以て一部の意と名くるなり、文底大事の御相伝に云く、文底とは久遠下種の名字の妙法に今日熟脱の法華経の帰入する処を志し給ふなり等と云云

以て大聖人の妙法の法華経の題号でないことが明らかであります。なほ此のことは三大秘法の上に本門の題目を拝しますればその義いよいよ明らかであります。

上に述べましたところによって日蓮大聖人の南無妙法蓮華経は法華経の題号ではないことが明らかであります。然らば何かと申しますれば端的にいへば寿量品文底久遠下種事行の一念三千の名号でありまして、しかも体宗用教を具する五重玄の南無妙法蓮華経であります。故に三大秘法抄に、次の如く仰せられてあります。

題目とは二つの意あり、所謂正像と末法となり。正法には天親菩薩、竜樹菩薩題目を唱へさせ給ひしかども自行ばかりにしてさて止みぬ。像法には南岳、天台亦題目計り南無妙法蓮華経と唱へ給ひて自行の為にして広く他の為に説かず、是れ理行の題目なり。末法に入で今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。名体宗用教の五重文の五字なり。

御文に仰せられます自行化他に亘るとは久遠下種のことであります。南無妙法蓮華経の事行の一念三千であります。

此の題目について世間に於てはまた法華経の本門の一品二半……寿重品の一品とその前の涌出品と彼の分別功徳品の半品づつ……の妙法であるとか、或は本門の八品……涌出品より神力、嘱累に至る八品……の妙法であるとか申すものがありますが、此れ等はいづれも法華経本門の儀相や付嘱の儀に捉はれてをるもので共に文上の妙法でありまして猶未だ法華経の真義に大聖人の御意に遠く隔たるものであります。日寛上人は文底秘沈抄の中に於て此れ等の義を指して、聖祖の所判四十巻の中に全く此の義なしと一言のもとに破してをられます。能く能く考へなげればならないところであります。

茲に日蓮大聖人の南無妙法蓮華経は法華経文底の妙法であるといふことは領解できるが、本門の題目とはその妙法蓮華経の五字七字を指し給ふのではないか。然るにその妙法を唱ふることを題目といふのは領解できないとの疑義が出ることと思びます。此れは一往もっともなことでありまして御書に於ても題目を唱へると仰せられてありますから題目は題目、唱行は唱行であると拝しますのは当然のようであります。

今御書を拝しますれば、次の如く仰せられてあります。

天台伝教は之れを宣べて本門の本尊と四菩薩と戒壇と南無妙法蓮華経の五字と之れを残し給ふ。(法華行者値難事)

問ふて云はく如来滅後二千余年に竜樹、天親、天台、伝教の残し給へる秘法とは何物ぞや。答へて日く本門の本尊と戒壇と題目の五字となり(法華取要鈔)

諸所の御文、題目の五字と仰せられてをります。それ故此の辺から拝しますと五字七字が題目であります。
然し乍らまた報恩鈔には次の如くあります。

求めて云はくその形貌如何。答へて云はく、中略 三には日本乃至漢土月氏一閻浮提閣に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事を捨てて、南無妙法蓮華経と唱ふべし。此の事未だ弘まらず、一閻浮提の内に仏滅後二千二百二十五年が間一人も唱へず、日蓮一人南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経と声も惜まず唱ふるなり。

此の御文を拝しますれば妙法を唱へることが題目の形貌であります。

そこでよくよく拝しますれば大聖人が題目と仰せられるのは妙法を唱へるところであります。此れが事行の題目であります。前にも申しまする通り大聖人の妙法は事行の一念三千でありまして即ち一念三千が事行の上に働いてをるところであります。而してそれは妙法が口唱されてをる処であります。それ故大聖人が妙法の五字七字と仰せ給ふは唯名号をお指し遊ばされる許りでなく既にその五字七字が活躍を遊ばされてをる境地でありまして、それを三大秘法鈔には名体宗用教の五重玄の五字なりと仰せ遊ばされたのであります。而してその活躍の形貌は妙法が身口意の上に事行されてをるところであります。それ故事行の妙法を我々が口唱に於て受取つて事行するところか本門の題目であります。而して口唱といふことは信と行とであります。

日寛上人の文底秘沈抄に次の如く仰せられてをります。

故に知んぬ本門の題目には必らず信行を具す。所謂但本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱へるを本門の題目と名くるなり。仮令信心ありといへども若し修行無んば未だ可ならず、故に起信の義記に云く、信有て行なくば即ち信堅からず、行を去るの信は縁に遇ふて便ち退す云云、仮令修行ありといへども若し信心なくんば不可なり。故に宗祖云く信なくして此の経を行ずるは手なくして宝の山に入るが如し云云。故に知んぬ信行具足して方に本門の題目と名づくなり。何んぞ但唱題のみと云はんや。

即ち信と行と具足してをる妙法を本門の題目なりと仰せられるのであります。故に秘沈抄のその上に於て次の如く仰せられてをります。

夫れ本門題目とは即ち是れ妙法五字の修行なり。是れ即聖人垂教の元意、衆生入理の要蹊なり。

由来三犬秘法に於ては一大秘法の御本尊を三に開いて配立し、また三法に各々三法を具するのでありまして、御本尊と題目と具し、戒壇に本尊と題目が具し、また題目に御本尊と戒壇との義が具するのでありまして、恰も空仮中三諦に各々三諦を具し相即円融であると同じであります。そこで題目と申しまして三法相対の辺に拝しますれば南無妙法蓮華経の五字七字でありますが、それは御本尊を離れてをるのではありません。故に題を妙法と口唱とに立て分けを致しますれば妙法はご本尊に摂ぜられ、口唱は修行となるのであります。かような点を詮議して申しますのは、世間に於ては御本尊が根本であるのを忘れて題目を立てたり、また題目がご本尊であると誤つたり致してをるからであります。申すまでもなく仏法に於ては仏の御境界が根本で其処から仏の化導が起り、衆生をして仏界に到らしむる道が立てられるのであります。それ故日寛上人は本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経を唱ふるを本門の題目と云ふなりと仰せられたのであります。

以上三大秘法について少々その大綱を申述べましたのであります。もとより稚拙なる捌きで甚深微妙の仏の御法の幾何をも明らかにすることはできませんで其の点反省すると、ともにいよいよ大方、各位の所信の発表を切に御願ひ、然し自他共に大法広布に精進致したいと念願するものであります。

扨て此に三大秘法の御話を終りましたについて重ねて一言申述べてをきたいことは末法の仏は日蓮大聖人であらせられて、釈尊を仏として信行の上に立てることは必要がないといふことであります。此のことは一般世間の人々が聞くと皆心を驚かして大変なことを云ふと申しますがそれも一応無理もないことであります。然し此のことが最も大事なことでありまして、若し此れが解らないと仏法に迷ふことになるのであります。また日蓮大塾人の三大秘法を拝しましてもはっきりと領解し奉ることができないのであります。近年に到つて日蓮門下と称する他宗の人々も口には三大秘法といふことを申すやうになりましたが、それが全く的を外れてをりますのは、帰するところ釈尊を仏として固執してをるからであります。

先づ第一に心得なければならないことは、大聖人の藷御書を拝しましてその中に釈尊を立てなければならない旨をお説き遊ばされてをりますのは、此れは他の諸宗が阿弥陀如来や大日如来やその他の仏を立てますのを破折せられるためであります。またもう一つには法華経の上から上行菩薩への付嘱の儀を明らかにするためであります。此れは三大秘法にまで到らしめる中途の一段階であります。大聖人の御法門は五重相対して浅さより深さに到る五つの段階を以てお説き遊ばされてをります。即ち1、内外相対、2、大小相対、3、権実相対、4、本迹相対、5、種脱相対とでありまして、釈尊を立てますことは権実相対、本迹相対等の段階に於ける御法門であります。此の辺の順序を考へずに御書を拝して釈尊を立てよと仰せられてあるからそうでなければならないと固執しますと、大聖人の御真意を拝することはできません。

法華経の本門に於てー神力品に於て釈尊より上行菩薩へ妙法蓮華経を付嘱せられたことが明らかに記るされてをりますが此の付嘱といふことは釈尊の手から上行菩薩の手に妙法をお譲りなされたのであります。勿論之れは末法の衆生のためであります。そこで此の時以後特に末法に於ては妙法は上行菩薩の手にあらせられるのであります。そのことを大聖人は次の如く仰せられてをります。

一、日蓮己証の事仰せに云く寿量品の南無妙法蓮華経是れなり。地涌千界の出現、末代の当世の別付嘱の妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に取次ぎ給ふべき仏勅使の上行菩薩なり云云。取次とは、取るとは釈尊より上行菩薩の手へ取り玉ふ。さて上行菩薩また末法当今の衆生に取り次ぎ玉へり。是れを取次ぐとは云ふなり。広くは末法万年までの取次なり。(御講聞書)

此の御文は法華経の経文の明証を引いて大聖人の御境界をお説き明し給ふのであります。しかし御文を拝すれば妙法は上行菩薩の御手にあらせられ、釈尊の手にないことは明らかであります。御手にあることは法を所有なさることであります。しかし一方経文によれば遣使還告をあって釈尊が上行菩薩を御使ひとして妙法を弘通せしめるとありますから、依然所有なさるのは釈尊であって上行菩薩は御使ひをなさるのであるといはなければなりませんが、此れと矛盾するやうに拝されます。此事はどうかといふことになりますが、此れは前にも述べましたやうに釈尊が末法のために上行菩薩の御出現を予証される上の御言葉であります。此のことは付嘱のことを拝し終って後に立ちかへつて経文を拝すればその意義を明らかに知ることができるのであります。

次に然らば上行菩薩の手にお渡し遊ばされた妙法蓮華経とは如何なる御法がと申しますれぱ、それは法華経二十八品でも本門の八品でも、また一品二半でもないのであります。此等を文上の法華経と申しますが此れ等は在世の舎利弗等のための教説であります。(舎利弗等も此の教説によって文底下種の妙法に到達してをるのであります。此のことを妙楽大師は離脱在現具騰本種と釈してをられるのであります。元来釈尊結縁の衆生のための法華経は迹門が表であり、本門は裏となるのであります。即ち迹門の実相の教は至極であって本門はその証明といふことになるのであります。此れは天台がお説き尽しなされてあるのであります。)此の上に於ては法華経は本迹共に釈尊結縁脱益の衆生のためであります。然るに末法のための法華経は下種の機に対するのでありまして、下種の妙法を指標なされるにあるのであります。その妙法とは久遠元初の下種の妙法であります。
故に大聖人は三大秘法鈔に次の如く仰せられてをります。

釈尊初成道の初めより乃至涌出品まで秘せさせ給ひし実相証得の当初修行し給ひし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり。

而して教行証御書には次の如く仰せられてあります。

今末法に入りては教のみあって行証なく在世結縁のもの一人もなし、権実の二機悉く失せり。此時は濁悪たる当世の逆謗の二人に初めて本門の肝心寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種となす是の好き良薬を今留めて此に在く、汝取て服すべし差しと憂ふることなかれとは是れなり。

更に諌暁八幡鈔には次の如く仰せられてあります。

月は光あきらかならず在世は但八年なり。日は光明・月に勝れり五五百歳の長き闇を照らすべき瑞相なり。仏は法華経謗法の者を治し給はず在世には無きゆへに。末法には一乗の強敵充満すべし不経菩薩の利益此れたり。

此れ等の御書を拝しますれば末法は下種の機であり此の機のために下種の妙法を信行せしむるといふことがうかがはれるのであります。此の下種の妙法と釈尊の法華経とを相対して種脱の法門を以てそのはじめを明かされるのが種脱相対の御教示であります。

今此のことを端的に申しますならば一念三千本因本果の妙法の御境界に於て脱の上に此れをお説きなされたのが釈尊の法華経でありまして、しかして文底には末法のために下種の妙法を指標なされたのであります。

此に種脱は機にあって法にはないといふ考へ方がありまして、此れによりますと法を根本として種脱を従として考へるのであります。しかし之れは逆でありまして種脱が根本で従で法に種脱があるのであります。前者は理の法門であり、一後者は事の法門であります。

以上の筋目を以て上行菩薩の御手にあらせられるは下種本因妙の妙法であります。比れを釈尊が法華経に指標なされたのでありまして、即ち寿量品の如来秘密神通之力と説かせ給ひ久遠自受用無作三身を明かし給ふて久遠下種の御境界を御指示なされ、その御境界を上行菩薩の人にありとなされたのであります。即ち四句の要法に結し玉ふは妙法の五字であります。而してその下に妙法受持の処起塔を説き、その処を指して仏の生処、得道、転法輪。入涅槃の四処とされてをります。此の起塔の人は上行菩薩にあらせられるのであります、此に於て此れを拝しますれば日蓮大聖人が所有し玉ふ処の妙法を本尊に建立し玉ふのであります。それが観心の本尊であらせられます。即ち大聖人と末法と御一躰なるところに於て、その観心の御境界を御大尊となし玉ふたのであります。藷御書に於て種々御説示がありますが此の御本尊を信受せしめられるために或は法華経の教相を御引用になり、或は虚空会の儀を以て御説き遊ばされたりし玉ふたのであります。

かくて此の筋目を以て拝しますれば、末法に釈尊は有縁の仏ではなく大聖人が有縁の仏であらせられることは既に釈尊の指示し給ふ処であります。

此に於でまた上行菩薩は菩薩であって釈尊は仏であると固執する者がをりますが、此れは法華経の文上一往の教に捉はれるからであります。経文の底を拝すれば上行菩薩は久遠の古仏であらせられ釈尊の法華の会座には外用を菩薩として出現し給ふたのは明らかであります。此のことは天台妙楽等の方々が既に指摘し給ふたところであります。此れは前にも述べてをきました通りであります。

以上の如くでありますから末法今の時は釈尊を本尊と立てたり、また釈尊の妙法を本尊と立てたり、或は法華経虚空会の儀式を本尊と立てたり致しますと、本尊を誤ることになるのでありまして、若し、しからば一切に迷ふことになります。よくよく心を入れて考ふべきであります。


 
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