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諸宗破折ガイド 新興宗教 諸教系 GLA(ジー・エル・エー)総合本部

三 GLA(ジー・エル・エー)総合本部

  創 立    昭和44年4月8日
  創始者    高橋信次(しんじ)(教祖)
  現後継者   関 芳郎
  信仰の対象  大宇宙大神霊(但し、具体的な礼拝対象物はない)
  教 典    髙橋信次の著書『心行(しんぎょう)』等、長女髙橋佳子の著書『グランドチャレンジ』等
  本部所在地  東京都台東区雷門2―2―6
  信者数    約20,000
  名称の変遷  大宇宙神光会(しんこうかい)(昭和44年) GLA(昭和45年) ジー・エル・エー総合本部(昭和48年)

【沿革】
 GLAは、高橋信次の霊能力を信奉する者たちによって設立された教団である。
 教祖信次は、昭和2年9月に長野県佐久平(さくだいら)の農家に生まれ本名を春雄(はるお)といった。10歳のときに原因不明の病気によって毎夜呼吸や心臓が停止するなどの発作を繰り返し、身体から魂が抜け出すという「幽体離脱(ゆうたいりだつ)」の不思議な体験をしたという。
 信次は、陸軍幼年学校から士官学校を経て航空兵となり、各地を転戦した。戦後、復員して上京し、兄の家に寄宿して電気工学を学んだ。
 このころ信次は、少年時代の幽体離脱による「もう一人の自分」を求めて、神社仏閣・キリスト教教会・世界真光文明教団などを遍歴し、さらに「心霊」について独自の研究を重ねたという。
 また信次は、電気工学の知識を生かして事業を興したが2度にわたり失敗し、のちにコンピューター端末機器の製造会社を設立した。その間、同29年に市川一栄と結婚し、同31年に長女佳子(けいこ)をもうけている。
 同43年7月3日、信次は義弟に手かざしを行ったところ、義弟の口から昔の侍の声が出て話しはじめたという。信次は、この声が「もう一人の自分」・「異次元からの通信(異言(いげん))」と考え、この現象によって「神理(しんり)」を悟ったとしている。まもなく、信次はさまざまな守護霊や指導霊から直接、異言を受けるようになったといっている。
 このころより信次は、〝病気の原因は悪しき憑依霊による〟と公言して除霊による病気治しをはじめ、その噂を聞いて集まった人々により組織が形成された。
 同44年4月8日、信次は浅草の自社ビル内に「大宇宙神光会」を創設し、翌45年12月7日には、教団名をGLA(God Light Association)に変更している。
 同46年10月、信次は霊友会から分派した「瑞法会(ずいほうかい)教団」の会長中谷義雄の依頼によって、東大阪市の本部で定期的に講演を行うようになった。さらに、この教団からの強い要望によって同48年に宗教法人を取得し、浅草に「ジー・エル・エー総合本部」を創設し、瑞法会を吸収して「GLA関西本部」とした。
 GLAは、他教団の有力幹部の入会によって教勢を広げ、信次は『心の原点』『人間・釈迦』をはじめとする多くの著作を出版し、当時のオカルトブームに乗って若年層の関心を集めた。
 信次は同50年末より健康を害し、翌51年3月には最終的な悟りに到達したとして、自らをエル・ランティー(真のメシア)であると称した。そして長女の佳子を「大天使ミカエル」と規定して後継者に指名し、6月25日に48歳で死去した。
 信次は、死の2カ月前から、たびたび自らの死後のことについて言及し、「自分があの世から通信する相手は佳子だけであり、死後は現象界(この世)の佳子と実在界(あの世)の信次が交信し天上界の意思をこの世に具現する」といったという。
 後継者となった高橋佳子は、信次の死亡当時は日本大学文学部に在学していた。佳子は信次同様幼いときから幽体離脱の経験をしたといい、また信次から日常より霊視やテレパシーなどの訓練や霊的指導を受けていたという。
 佳子は、52年から翌年にかけて『真創世紀』3部作を著述し、信次の教義を基盤論・自業論・響働(きょうどう)論に分け、新たな法体系として「TL(トータルライフ)人間学」を 提唱した。平成3年9月には新たに『サイレント・コーリング 二一世紀衝動』を著述し、「平凡な一人ひとりが目覚める時代」と規定して、「宿命から使命への転換」運動を行っている。
 現在の教団は、全国に8カ所の本部と5カ所の研修センターを置いているが、信次のときとは異なり神秘的な霊能力による布教方法はかげりを見せ、教団経営は守勢に転じている。
 GLAは、教祖の信次が教団の体勢づくりを十分なしとげないうちに死去したため、霊能者の資格を得ていた幹部たちが次々と分派独立していった。
 これらのなかで最大の勢力を有しているのは、信次の原稿の校正や機関紙『GLA』の記事を担当していた堀田和成(わ せい)が開いた「偕和会(かいわ かい)」で、彼は独自の教義を立て主に本の執筆と講演活動を行っている。
 また、西日本本部長をしていた園頭広周(そのがしらひろちか)は、佳子が後継者になることに反対して「国際正法協会」を創設し、信次の教えを受け継ぐ唯一の団体であると主張している。園頭は自ら、宇宙即我の境地を体得したとも称している。
 このほか、キリスト教をやめ、GLAに入会し幹部になった波場(はば)武嗣(たけつぐ)は「意識教育・愛のファミリー協会」を開き、世界真光文明教団から入った渡辺泰男は「光のお仲間」を開いている。

【教義の概要】
 GLAでは、大宇宙神光会当時は「大宇宙大神霊」を本尊としていたが、現在は「崇拝対象物は置かない」としている。
 信次は「地球人類は、イエス・仏陀・モーゼを頂点とする三つの系統いずれかに属し、現代文明の源流は、現証(モーゼ)理証(イエス)文証(ブッダ)による正法の確立にあった。しかしその背後にはエル・ランティーの光があり、それなくしては、ユダヤ教・キリスト教・仏教は実現し得なかった。イエスは、エル・ランティーを指してエホバと呼び、ブッダはブラフマンと呼び、モーゼはヤハウェーと呼んだのである」といい、仏教・ユダヤ教・キリスト教の根源に相当するものが「エル・ランティー」であるとしている。そして昭和51年3月には、自らを大宇宙大神霊のもとにある真のメシアたるエル・ランティーであるとし、「釈迦」以上の存在であると宣言した。
 また信次は、「現象界」と「実在界」に分けた世界観を説いている。現象界とは、この世もしくは物質界のことで、善と悪・調和と不調和の諸現象が同居している世界であるとする。これに対する実在界は、あの世もしくは魂の世界のことで、天上界と地獄界の2つに大別され、天上界は「如来界・菩薩界・神界・霊界・幽界」からなっているとする。
 さらに信次は、長女の佳子を「大天使ミカエル」であると規定した。このミカエルは、如来界の「七大天使」の長であり、エル・ランティーの助力者として、如来界とこの世をつなぐ光の直系であるとされる。またミカエルはエル・ランティーの心臓部・頭脳部であり、エル・ランティーの意を受けて実際にその教えを具現する役目を持っているとする。
 このようにGLAでは、教祖である信次を救世主とし、後継者の佳子をその取り次ぎ役として、この二人の言動を神理(しんり)(絶対の理)としている。
 そして信次が説いた「人間は永遠の生命である魂としての存在である」「人生の目的は魂の進化成長であり、この地上に新しい調和を創造していくゆくことである」などを基本教義とし、会員はこのような神理を学ぶことによって、永遠の視点から自分や人生の意味を捉える心眼が開かれると説いている。
 またGLAでは、人びとの魂は単独に存在するのではなく、核になる本体1人には5人の分身がいて、互いに心で結び合い兄弟関係を作っているとし、これを「魂の兄弟達」と呼んでいる。そして、人が地上で肉体を持って生活しているときには、他の兄弟達はあの世から常に慈悲と愛をもって導いているとする。そのなかで、各人に専属的について守る霊を守護霊といい、各人の職業やこの世の目的使命に対して方向を誤らないよう示唆を与える魂の友人・先輩を指導霊という。
 なお、信次は当初、信次本人の指導霊はモーゼ、守護霊はイエスであるとし、自らを「釈迦」になぞらえていた。
 次に、地獄に堕ちた霊がその環境に耐えきれず、現象界(この世)に出て不調和な想念を持つ意識に依憑するとして、依憑霊を説いている。信次は、病気の8割近くがこの霊の仕業(しわざ)であるとし、自らの霊的能力による除霊によって病気が治ると主張している。
 教団の教典は、信次が書いた『心行』『本然の諸相』『人間の諸相』などの出版物が挙げられる。また『グランドチャレンジ』などの佳子の出版物も、神理を示すものとして重要視される。
 GLAでは、昭和44年から48年にかけて、入会者は信次の著書の熟読と講演の聴講が課せられた。高橋は講演の際、しばしば会員たちに対し手のひらから光を送り異言(いげん)で話しかけ、異言で答えさせようとした。この異言は過去世の人物の言葉であるとし、異言で答えることを輪廻転生の証明とした。
 次に48年から51年には、これらに加え、自らの人生の成り立ちと変化の過程をたどりながら、各自の意識を把握させる修行をはじめた。GLAの修行は、「自己の確立」「愛の実践行」「存在との対話」の三つに分けられる。自己の確立は、自己の探求から受納・変革をへて自己の超越を目的とする。愛の実践行は、入会時に自分と縁のある人びとの関係を図に書き、入会後はプロジェクト活動に参画することである。存在との対話は、信次ならびに佳子から許可を受けて行う霊道(れいどう)(心の窓)を開く行為で、人間・自然・宇宙に遍満するエネルギー(天使の光)を自らの意識に受け止め、それを手のひらなど身体をとおして他の存在に注ぐことで、これによって超能力を備えることができるとする。具体的には、信次が手のひらから光を送り異言で話しかけ、信者が異言で応答するもので、これによって霊道が開くとされた。
 51年からは、「反省研修会」や定期的に行われるセミナーでの修行と、個々の日常の修行、年中行事への参加が修行の中心となっている。セミナーには、全国セミナー・地方別セミナー・教団月刊誌の学びの会・対話者セミナー・基礎研修・自己開墾セミナーがあり、日常の修行では、成長の記の取り組み・祈り・禅定・瞑想・光を受ける行・光を入れる行・観る行・聞く行・八正道月間100日行の取り組みがある。年中行事として4聖日への参加が呼びかけられ、新年の集い・善友の集い・現身の集い・感謝の集いが行われている。

【破折の要点】
◆幼稚な霊交霊言型宗教
 新新宗教の教義の特徴として、教祖が霊界と現実世界との交信を行い、意味不明の言語を発することがあるが、高橋信次のGLAもその典型である。ただし信次は当初、自らが霊言・異言を発するのではなく、他人の心を調和することによってその者に異言を語らせていた。これも最初は義弟(妻の弟)や妹や妻というように、他人とはいっても身内に行ったに過ぎず、うがった見方をすれば自作自演であったとも批判できよう。
 また妹や妻たちに、観音菩薩と弥勒菩薩がインドスタイルの女性であるなどと語らせていること自体、インチキきわまりないことを暴露している。
 このように神の啓示を説く宗教は、教祖を霊能者であると定義づけられさえすれば、後は何をいっても「霊界の言葉」として絶対的な真理とすることができる。しかし、それはあくまでもその教祖を熱狂的に信奉する人々についていえることであり、第三者たる一般人からは狂人としか映らないことが多い。信次がどれほど釈尊の生まれ変わりだと主張し、教団信者たちがそのように信じ込んでいても、それは教団内部だけの価値判断であり、文証・理証・現証の上からの客観的根拠がない以上、一般世間から見て奇異極まりないものである。
 また、こうした宗教の教祖は、自己の霊言を正当化するため、自らの権威づけをはかろうとするものであるが、信次も例外ではなく、当初は釈尊を詐称し、次にはエル・ランティーなる名乗りを行って釈尊を超越して見せようとした。しかしこのような言動は、教団設立時の教えと矛盾する行為であり、信次自身語っていた「みずから神仏であると名乗る者を信じてはならない」ものである。体系を持たない霊言は、必ずそれら霊言のなかで無理を生じ破綻するものであり、高橋信次の教えはその典型である。

◆高橋信次の教えは外道以下の愚見
 インドのバラモン思想では、「梵我一如」といって宇宙の最高原理(ブラフマン・梵)と個人の中心原理(我)が立てられ、その2つは同一で純一・浄福な精神界をなすとされた。しかし釈尊の教説は、特にその初門の小乗教において苦・空・無常・無我を説き、こうしたバラモンの因果を無視した教えを排除し、通力や依憑による宗教を破折している。
 信次は「エル・ランティーを指して……ブッダはブラフマンと呼び」などと平然と述べているが、このようなことは釈尊の教えにはなく、ましてそれがキリスト教のエホバやモーゼのヤハウェーと同格であるわけがない。まして「ゴータマ・シッダルターの生命は……分身は不空三蔵……空教・木戸孝允」の下りに至っては、何らの根拠もない空想論であり、まったくの論外である。これらは、因果を無視した邪義であり、六師外道にも及ばない愚見というべきである。

◆病気治療の霊能者が短命であるという不遇
 人それぞれ過去世からの宿業によって寿命の長短の相違があるのは当然だが、病気治療の霊能者が短命で死去することほど皮肉なものはない。他人の病気は救えても、自らの病気を救えないのでは説得力がないからである。信次は、そうした批判をかわすため、昭和29年の結婚当初から48歳で死ぬことを妻に語っていたといい、多くの幹部講師にもそのことを予言していたというが、同50年暮れに入院してからの信次の言動をみるとそうとはいえない。おそらく病院から死期が近いことを宣告されたことにより、信次は教団を佳子に託すためにさまざまな手を打ったものと考えられる。佳子を天使ミカエルとしてメシアの助力者と定義づけたのもその一環であり、信次と佳子が一心同体である努力をしていたことが多くの教団関係者からの証言から理解できる。
 いずれにせよ、悪しき憑依霊や動物霊・魔王などの霊障によって病気が起こることを説きながら、自らその病気によって夭折しなければならないことは、信次自らが堕落したことを物語るものであり、霊能がないことを暴露したものにほかならない。

◆血族優先の宗教
 信次は釈尊やキリストについて、苦悩にあえぎ盲目の人生を生きる人間を救うために、神の側ではなく常に弱い人間の側に立って道を説いたという。そしてGLAの原点は、こうした心に一致するものだとしている。
 しかしその一方で、自らの神秘的な能力だけをことのほか主張し、信次と佳子だけに宗教的権威を持たせようとしている。そして実在界からの通信を独占し、「霊道を開く」などの宗教的行為についても彼らの許可がなければ行えないなどと、教祖たちの特権を主張している。このような形態は、教祖や後継者が信徒とは隔絶した「神」の立場にあり、信徒の側に立っていないことを証明するものであり、これこそGLAの欺瞞体質というべきである。

◆憑霊を神理とする邪義
 新新宗教などでいう神がかりや憑霊などの現象は、日常生活のなかでも特殊な精神状態に至ったときに起こりうるありふれた出来事であり、それによって神理が説かれるとするならば、世の中には無数の神理なるものが存在することになる。
 GLAも教祖高橋信次によって創唱された憑霊・啓示の宗教であることから、当然教祖に備わる神理を絶対とする。しかし反面、教団には大勢の霊能を持つ幹部講師たちがおり、彼らにも独自の神理があることになる。このようなことから、教団ではのちに、霊道を開く行為は信次や佳子の許可がなければ行ってはならないと制約を加えている。
 しかし信次の死後、教団の運営方針を巡って対立抗争が起こり、堀田や園頭・羽場たちがそれぞれ教祖となり神理を得て分派独立した。憑霊を主張する教団の宿命は、将来たくさんの教祖と神理なるものを産み出し分裂するということである。これこそ邪教の弊害というべきである。


 
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